ヒーラー養成講座 11 今この瞬間を生きる
目標値を下げる
この章では、自分を好きになるための第一歩として、なりたい自分の目標値を下げる具体的な方法についてお話しましょう。
唐突ですが、あなたの部屋の中をちょっと眺めてみてください。
今どんな状態でしょう?
そこそこ片付いている方もいれば、足の踏み場も無いほど散らかっている状態の方もいると思います。逆に塵ひとつないほど、完璧(?)に片付いている方もいるでしょう。
なぜ、部屋の状態を質問したかというと、往々にして部屋の状態は、そのひとの心の状態を表わしていることが多いからです。これは男であるとか女であるとか、そういうことは関係ありません。
部屋の中が散らかっている方に質問です。
なぜ、掃除ができないのだと思いますか? 忙しいから、面倒くさいから・・・・いろんな答えがあると思いますが、もしかしたら、あなたは掃除するときは、完璧にしないと気がすまないのではないですか? 完璧にしようと思って途中までは頑張ってみるんだけど、あまりにも膨大な掃除量になってしまって、結局途中で挫折してしまう。その結果、「ああ・・・今日もできなかった。たかが掃除ひとつできないなんて、わたしはだめな人間なんだ」という挫折感とか自己嫌悪の気持ちでいっぱいになってしまう。そんな気持ちを味わうのがいやだから、それなら最初からやらないほうがいいという思考回路に陥っていませんか?
あるいは、なんとか完璧に近い状態にしたけれど、終わったあとは精神的にどっと疲れて、とうぶん掃除なんてしたくないと思ってしまう。その結果、また散らかり放題になってゆく。
同時に、日々の自分のものの考え方は完全主義の傾向はありませんか?
もし上記の例に自分が当てはまるとしたら、ちょっと考えてみてください。
散らかり放題の部屋を完璧に掃除しようなんて考える事じたい無理があります。それこそ一日仕事になってしまいますよね。無理な目標を立てるから挫折するわけです。
そもそも部屋の中を完璧に、塵ひとつない状態にするということは不可能なんです。
たとえば掃除機を丁寧にかけて、その瞬間は塵ひとつない状態に近づいたとします。しかし空気中には常にホコリが舞っているわけで、掃除機で床のホコリを吸った次の瞬間には、空中を舞っていたホコリがふわり・・・と床に舞い降りるわけです。そして一日たてば、部屋の中にはふたたびホコリが溜まります。
秋になると、あちこちで紅葉が始まりますよね。
イチョウの葉が色づき、秋風が少し冷たくなる頃、はらはらと舞い落ちた葉っぱが道路わきや庭に溜まります。庭の落ち葉をせっせと集めて、ようやく「ああ、きれいになった」と喜んだのもつかの間、一陣の風が吹き、その瞬間ひら〜りと黄色いイチョウの葉が落ちてきます。
時間がつねに流れている限り、完璧はありえないんです。現実にはありえない完璧を求めようとすれば、当然ストレスも溜まります。
人生も同じです。どんなに完璧を求めても、現実には不完全なことのほうが多いんです。掃除ができないひとも、常に完璧に部屋の中をきれいにしておかなければ気がすまないと思っているひとも根は同じです。完璧という結果にこだわっているわけです。
ではどうしたらいいでしょう?
あなたが一生懸命イチョウの葉を掃いているとします。きれいな庭になるという「結果」のみを求めれば、たった一枚の落葉がストレスになります。では、次のように考えたらどうでしょう?
イチョウの葉を集めるという行為そのものに集中するんです。掃除の結果ではなく、今この瞬間、イチョウの葉を掃くことそのものと向き合うんです。
するとイチョウの葉を掃くことそのものの意味がまったく違って見えてきます。
落ち葉を集めながら、夏の頃とくらべて秋の空気の乾いた感触を感じたり、庭先の草木の変化に気づくかもしれません。ちいさなコオロギが枯れ草のなかから飛び出してくるかもしれません。こんなふうに感じているとき、きれいに掃いた庭にイチョウの葉が落ちてきたとしても、それはちっともマイナスにはなりません。なぜなら掃除という充実した時間を過ごしたことによって、あなたは深い満足感を得たのですから。
このとき、あなたは過去でも未来でもない、今この瞬間を生きているわけです。
部屋の掃除も同じです。
高い目標値を設定するから苦しくなるんです。あなたができる範囲より、少し楽な目標設定にしてみてください。たとえば、今日は台所の床の、たった1メートル四方の、この一角だけを拭き掃除すると決める。
そして床を拭いている瞬間は、他のことを考えない。たとえば、今日のこのあとの予定とか、きのう彼氏と喧嘩したこととか、そういったことはちょっと置いておいて、床掃除に集中するんです。床というのは毎日あなたの足もとを支えているわけですよね。だから心を込めて、丁寧に床を拭いてあげるんです。「ありがとうね」と。こんな気持ちで床を拭くと、自然に床と向き合うことができます。これが床掃除に集中するということです。
そして、自分で決めたその日の掃除ができたら、うんと自分を褒めてあげてください。これが大切なんです。「千里の道も一歩から」と言いますよね。ちいさな目標設定をして、それをクリアすることで、ちいさな自信が生まれます。このちいさな自信の積み重ねが、あなたの自分自身に対するイメージを変えてゆきます。
「なんだ・・・わたしもやればできるじゃん」
そんなふうに思えたら成功です。
同時に、心を込めて掃除をすることによって「今この瞬間を生きる」というトレーニングにもなります。
ポイントは掃除の「結果」ではなく、掃除をするという「行為そのもの」に重点を置くことです。そしてひとつひとつの行為に心をこめてください。
もちろん掃除にかぎらず、日常のどんな場面においても、こうしたトレーニングはできます。ただ誰にでも簡単にできて、毎日続けるには掃除がいちばん身近じゃないかと思います。
今この瞬間に集中する
なんだか生きている実感がない、何をしても楽しめない・・・そんな話を聞くことがあります。
なぜ、生きている実感を感じられないのでしょうか?
いろいろ理由はありますが、そのひとつに「今」を生きていないからという事が挙げられると思います。
たとえば、ごくふつうのOLをしているA子の話です。仕事はいやではないけれど、かといって夢中になれるほどの内容でもなく、毎日会社が終わってからの彼とのデートが唯一の楽しみという生活を送っています。デートの約束は6時。残業になればデートに遅れてしまいます。だからいつも定時で帰れるように、てきぱきと仕事をこなします。
恋愛の初期の頃ならともかく、付き合いも安定した間がらなので、恋愛のテンションが生活全体のテンションを上げるというほどでもありません。
こんなA子ですが、さしたる理由がないのに、ときどき「つまらないな〜」と思うことがあります。
なぜでしょう?
デートに間に合うようにさっさと仕事を片付ける、あるいは何かをするために目の前の仕事をさっさと片付けると考えているときは、「今」と向きあっていません。なぜなら、そんなときの心は目の前のものを見ているのではなく、まだ来ない「未来」を見ているからです。
極端な話、A子が生きているという実感を感じられるのは一日のうちで彼とのデートのときだけ。逆にいうと、一日の大半の時間を「未来」を思うことに費やしているのですから、今生きているという充実感が希薄になってしまうのは当然です。
あるいは彼と喧嘩すると、翌日もその次の日も、そのことばかり考えています。彼からいつ電話がかかってくるだろう? もうわたしたちはだめなのかな・・・・・。過去の後悔と未来の不安に押しつぶされそうになっていて、やはり今を見ていないわけです。
けれど、いま自分の目の前にある事に対して、心をこめてやったらどうでしょうか?
たとえば休憩時間にお茶を入れますよね。この時、心をこめてお茶を入れるんです。すると、不思議と美味しいお茶がはいるんですよ。たかがお茶汲み、されどお茶汲みです。心を込めてお茶を入れると、あなたの人生のなかで、その時間が輝きはじめます。
ここまで読んで、気づいた方もいらっしゃるかもしれませんね。
「完璧な結果」にこだわるということは数時間あるいは数十分後の「未来の結果」に気持ちが向かっているということです。つまり、今この瞬間の「行為」に心を込めていないということなんです。完全主義であるために高い目標値を設定してしまい、その結果挫折感を味わうという話と、「今」を生きていないために充実感が得られないという話は、いっけん違う話のように思えますが、じつは根本の問題点は同じなんです。
「今、目の前にある物事に心を込めて取り組む」という事が自然にできるようになってゆくと、何気ない日常生活が充実してきます。たとえば、それまで毎朝、通勤に使っていた道路。道端の雑草を見て季節を感じるという些細なことで、喜びを感じられるようになってきます。一瞬、一瞬を丁寧に慈しむように生きることができるからです。
そしてトラブルが起きたときも、不安に飲み込まれることになく対処できるようになります。
たかが掃除ですが、やり方しだいでその効果はとても大きいんですよ。
・「目標値を下げる」ことによって達成感を味わい、すこしずつ自信をつけてゆくトレーニングになる。
・「今この瞬間を生きる」、言い方を変えれば「目の前の事に集中する」ためのトレーニングになる。
掃除の効用はこんなところでしょうか。
もちろん最初は、掃除の間ぐらいしか「今」に集中できないかもしれません。でも続けてゆくことで、自然に身についてゆきます。
日々のセルフヒーリングと同時に、ぜひ日常生活で「掃除」を実践されてみてください。
