ハイヤーセルフ(魂)と潜在意識の物語  
   インナースペース ファンタジー    



  潜在意識の不思議

こんにちは。インナースペースへの旅の道案内をさせていただくキョーコです。ところで、みなさんは潜在意識という言葉を聞いたことがありますか。この章では人間の心、そのなかでも潜在意識に焦点を当てて話してゆこうと思うのですが、その前に、次の物語を読んでみてください。


サトルの物語 1

彼は都内の某企業に勤める39歳のサラリーマン。若い頃は仲間たちとバンドを組み、プロデビューを目指していたこともありましたが、音楽では食べてゆけないという現実を前にして、安定したサラリーマンの道を選んだのは29歳の時でした。それから10年、彼はがむしゃらに働いてきました。

そしてあるとき、大勢の重役の前で、あるプロジェクトのプレゼンテーションをすることになりました。ここで重役の面々を納得させることができれば、そのプロジェクトのリーダーに抜擢されるはずです。上司からその話を聞かされた時、一瞬、胃がチクリと痛みましたが、それよりもプレゼンテーションを任されたという事に気持ちがいっていたので、かすかな胃の不調は彼の頭からすぐに消えました。
 
ところがプレゼンテーションの当日、ちょうど会議室のドアの前まで来たときでした。彼は激しい胃の痛みを感じ、思わずその場にうずくまりました。脂汗を流してうめいている彼の異変に気づいた同僚が必死に呼びかけている声が、だんだん遠くに聞こえ、ついに彼は意識を失いました。

そして、目をさました時、そこは病院のベットの上でした。病名は胃痙攣。結局、プレゼンテーションは彼の同僚が代わりにおこなったのですが、それが予想以上に好評だったらしく、プロジェクトは無事動きだしました。そして彼はそのプロジェクトからはずされました。

その一件があって以来、彼のなかで何かが変わってしまいました。仕事に対する意欲を急激に失ってしまったのです。
療養という名目で、彼は入社以来はじめて長期休暇をとりました。胃のほうは少々不快感はあるものの、家で寝ているほどではありません。
彼はスニーカーをつっかけると外に出ました。ちょうど梅雨の走りなのでしょう。暖かな雨がぱらぱらと降っていましたが、彼は気にせずそのままぶらぶらと歩きだしました。

いつのまにか近所の緑地公園に来ていました。濃い緑の木々が雨に濡れてつやつやと輝いています。平日の昼間のせいか、あたりに人影はありません。
彼はぼんやりと雨にけぶる新緑の森を眺めていました。

かすかな音が聞えます。葉っぱにあたる雨の音・・・? 
まるで心臓のリズムのように、心の奥で何かが動いているような感覚・・・。やがて、それははっきりとした旋律をもって彼のくちびるから漏れました。
かすかな痛みとともに、居ても立ってもいられないほど熱い思い――。
それは、これまで誰も聞いたことがない、だけどいつも彼の心の中に流れていた旋律でした。
その時、彼ははじめて気づきました。魂が生み出してゆくメロディーが、いつのまにか心という器にしまいきれずに、溢れだして止まらない自分の姿に。
 
それから一週間もすると、彼は職場に復帰しました。ただもう以前のように、がむしゃらに働くのはやめました。仕事の合間に書きとめた曲も少しずつ増えてゆきます。この先どうしようかという明確なビジョンがあるわけではないのですが、とりあえず今は心の奥から沸き出てくる思いに蓋をしないでおこうと思っています。
 

お待たせしました。それではさっそく潜在意識についてお話してゆこうと思うのですが、まず最初にわたしたちの意識というものに焦点を当ててみてゆきましょう。
人間の意識というのは大きく分けると、顕在意識(意識)と潜在意識(無意識)のふたつの領域で成り立っています。

顕在意識というのは、ふだんわたしたちが自覚できる感情や意志のことで、人間の意識のうち、この顕在意識の占める割合は全体のたった7パーセントに過ぎません。
たとえば、お腹がすいたとか彼に会いたいなどの喜怒哀楽、あるいは何かをやろうという意志など、わたしたちは常にいろいろな思いを心に抱いて生きています。ちょっと注意を向ければ、いま自分が何を感じているのか、何を考えているのかということに気づくことができますよね。
そして、ある程度までは意志や理性の力によってコントロールすることが可能です。
たとえば勉強なんかしたくないんだけど、明日は試験だからもう少し頑張ろう・・・という具合に気持ちを切り替えてゆくことができます。この、コントロール可能な自覚できる意識が顕在意識と呼ばれるものです。

これに対して潜在意識というのは、読んで字のごとく、ふだんは顕在意識のさらに奥深くに潜んでいて、なかなか表面にのぼってこない気持ちのことです。これだけじゃ、とらえどころがなくて、何のことだかさっぱりわからないですよね。そうなんですよ。潜在意識というのは本当にとらえどころがなくて、しばしばわたしたち人間の理性や表の感情を裏切ります。

たとえば野球の試合。ここ一番というときに必ずホームランを打つ選手っていますね。逆に実力はあるのに、本番に弱い、つまりプレッシャーに弱い選手。両者の決定的な違いは何だと思いますか。それは潜在意識の使い方の違いです。
野球に限らず本番に強い選手というのは潜在意識のなかにインプットされているセルフイメージ、つまり自己評価が高いんです。ここぞというときに実力を発揮できる自分の能力を素直に信じることができるんです。
逆に本番に弱い選手というのは、失敗する自分のイメージが心の奥底にあって、これが払っても払っても濡れ落ち葉のようにまとわりついて離れないわけです。その結果平常心を失い空振りに終わる。そしてまた、次に同じような局面に立ったとき、前回の悪夢がよみがえり、ふたたび三振に終わる・・・という悪しきパターンにはまってゆくわけです。

あるいは、いつもどうしようもない男を好きになって、同じパターンの失恋を繰り返してしまう女性の場合も同じです。今度こそまともな男を好きになって、いい恋愛をしようと思っても、潜在意識はインプットされた指令を忠実にこなして、再び彼女を不幸のどん底に突き落とすわけです。

そんなのは潜在意識なんかのせいじゃなくて、運が悪いだけよ。だいたい、誰がわざわざ好き好んで、不幸になるような道を選ぶわけ? と、おっしゃる方もいるかもしれませんね。
じゃあ、ちょっと考えてみてください。恋をするとき、あなたはこの男はヤバそうだから好きにならないでおこうと思ったら、絶対好きになりませんか? それでも、気がついたら恋に落ちているというパターンが圧倒的に多いでしょう。
この、恋愛の対象を決める段階で、わたしたちはすでに潜在意識にインプットされた指令にしたがって、そのシナリオを実行するのにふさわしいタイプの相手を選んでいるわけです。よく恋愛運がいい、悪いといいますが、じつはその運さえも潜在意識が呼び込んでくるものなんです。

潜在意識はじつに優秀なシナリオライターです。主演女優であるあなたの隠れた願望や思考パターンを分析して自動的にドラマを書き上げます。いい恋愛がしたいと言いながら、
心の奥底では悲劇のヒロインを望んでいれば、その通りのドラマを書き上げます。また絶対に今日の試合は勝ちたいと思いながら、心の奥底で不安を抱えていれば、やはりその不安を材料にしてドラマを書き上げるでしょう。

失恋のパターンが落とし穴だとしたら、ひとそれぞれ、ひっかかる落とし穴のパターンが違います。Aさんは穴に草をかぶせてカムフラージュしたタイプの落とし穴にはひっかからないのに、穴の上に真っ赤な布を引いたやつには必ず落ちる。Bさんは新聞紙でカムフラージュした穴を見ると、まるで引き寄せられるかのごとく引っかかってしまう。そしてようやく落とし穴から這い上がって歩き始めたのもつかの間、ふたたび同じパターンの落とし穴にはまる――というわけです。

ここまで潜在意識のいやな面ばかり書いてきましたが、私たちの本来の能力――たとえば、運を引き寄せる・タイミングを読む・未来を形作るなどの力は潜在意識のなかに眠っています。同時に子供の頃のとっくに忘れてしまった悲しい出来事や前世の記憶も、潜在意識の引き出しの中に眠っているのです。そしてこれらの記憶は、しばしばわたしたちの心の奥に潜む理屈では割り切れない感情を呼び起こします。たとえば夕方になると、わけもなく悲しくなるのはなぜ? 素直になれないのはなぜ? わけもなく水が怖いのはなぜ? こうした不合理な感情は、ひとによって、それこそ千差万別ですね。

たとえて言うなら、潜在意識とはわたしたちの心の中に住む猛獣のようなものかもしれません。扱い方を間違えば大怪我をしますが、うまく手なずければこれほど心強い味方はいないと思いませんか。
どうしたら潜在意識をコントロールすることができるのでしょう? それを次章からじっくりとお話していきましょう。