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Diary 8 (’04.1.8〜3.28)


3月28日 認知療法セミナー
今日は東神奈川まで認知療法セミナーを聞きにいってきました。
認知療法というのはご存知の方もいるかもしれませんが、1950年代にアーロン・ベック博士によって、うつ病の治療のために開発された心理療法です。現在では、うつ病はもちろん、パニック障害・恐怖症・不安・怒り・ストレス関連障害などの治療に高い効果をあげています。さらに心理的に健康な一般の方にとっても、悩みの解決法や予防法としても非常に有効な方法です。
うちのカウンセリングでも必要に応じて認知療法の手法を取り入れていますので、セッションを受けたことのあるお客様は内容を聞けば、「な〜んだ。あれがそうなんだ」と思うかもしれません。
わたし自身もあれこれと悩んだときは考えを整理・客観視するためにこの方法を使います。

さて講師は日本認知療法学界の事務局もしていらっしゃる鳴門教育大学の井上和臣先生。
関西の先生っておもしろいですね〜。
冗談を交えて話してくださるので小難しい内容にもかかわらず、じつに楽しく聴けました。
午前中は講義で、午後の後半は症例に対して、どのようにアプローチしてゆくかを、10人前後のグループに分かれて話し合い、結果を発表するという内容でした。
正直言ってこれには参った。
だって、参加者のほとんどが大学や病院の精神科医か心理学の先生ばかりなんだもん。それに企業のカウンセラーさんが数名。
民間の、それもセラピストなんて、たぶんわたしひとり。なるべく目立たないように黙っていようと思いつつ話し合いに参加。
ところがいざ話し合いが始まると、先生方はじつに謙虚で、ちっとも意見が出てこない。どうやらわたしの参加したグループでは、まだ実際に認知療法を取り入れて治療にあたっている先生はいらっしゃらなかったんです。
認知療法が比較的新しい方法であることと、精神科医の場合はカウンセリングに重点を置いていない方のほうが多いせいでしょうか?
というわけで、まずは静観。ところがちっとも話が進まないまま時間だけが過ぎてゆく。
で、おそるおそる・・・・
「あのう・・・・・・この場合は抽象的な内容ではなく、クライアントにできるだけ具体的に話をしてもらうと状況が見えてくると思うのですが・・・」
いちど話し始めてしまえば、どうってことはないんだよね。
というわけで、結局いつものようによくしゃべってきました(爆)。
最初は精神科医という皆様の肩書きに圧倒された部分もあるんだけど、わたしはわたしなりに自分の仕事に誇りをもっているし、実績もある。それに難しい専門用語を間違えたら、そのときは素直に教えてもらえばいいや、という開き直りの気持ちもあったし。
結果、どの先生も気さくでオープンハートな方ばかりで、なかなか盛り上がって楽しかったです。

そんなわけで、新たな視野が広がった一日でした。
夏には神戸で世界行動療法認知療法会議が開かれるので聴きにいきたいな〜と思っています。
でも講師の先生方の半分は英語圏のひとたちばっかりだしなあ・・・・英語で公演されたら、わたしには理解不能なんだよね。
一夜漬けで英語がわかるようにならないかなあ。


3月18日 占い雑感
「もしもし」
「はい。キョーコです」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。今日はどうしました?」
「えっと・・・・最近、なんだか仕事とか恋愛とか、いろんなことがつらいんです」
「仕事や恋愛でつらい気持ちになるんですね」
「・・・・っていうか、無気力っていてうか・・・・・・なにもやる気になれないっていうか・・・・先のこととか考えるとすごく不安になるんですよ」
「先のことを考えると不安になるんですね」
「うん・・・・不安っていてうか・・・・やっぱり不安なのかなあ。仕事もなんだかイマイチ夢中になれなくて、このまま年をとっていくのかなあ・・・・・とか考えると無性に焦るんです。でも特別やりたいことも見つからなくて・・・・・・」
「今のままだと、どうして焦りを感じているんだと思います?」
「・・・・・なんでだろう・・・・。すごく中途半端なんですよ。つきあっている彼氏がいるんだけど、その彼もいま仕事が忙しくてなかなか会えないし・・・・このまま結婚できるのかなあ・・・・とか」

むかし占い師をやっていた頃、よくお客さんとこんな会話をした。
ざっと読んでもらえばわかるけど、これは典型的なカウンセリングの会話の方法なんだよね。こうして会話を続けてゆくことで、お客さんが自分自身の考え方のパターンに気づいてゆくわけ。
当時のお客さんのなかには鬱や神経症などで心療内科に通っている方も多かった。病院に通っているなら何も民間の占い・ヒーリングなど受けなくてもよさそうなものなんだけど、実際は病院では薬を処方してくれるだけでじゅうぶんなカウンセリングをしてくれないという不満の声をよく聴いた。
で、結局誰かに話を聞いて欲しくて占い会社に電話するというのが現状なんだよね。あるいは病院には通っていないけど、長年のトラウマを抱えていたり、トラウマは特別ないんだけど仕事や恋愛がうまくいかなくて不安に悩んでいるお客さんも多い。

今はむかしよりはメンタルクリニックや心療内科の敷居がずいぶん低くなったけれど、それでも気軽に悩みを相談できる状態にはほど遠いような気がする。
そうした方たちの受け皿になっているのが、占いやヒーリング・各種セラピーなんだよね。
とくに占いは気楽に相談できるのがいいみたいで、どこかに相談したいと思ったときにとりあえず占いに電話するお客さんが多い。
考えてみれば、今のように心理クリニツクや心療内科がなかった昔から人間の悩みはつきなかった。人生に悩んだり、鬱状態になったとき、昔のひとたちは村のお年寄り、あるいはシャーマンや占い師などに助けを求めたんだよね。

古代のある部族のシャーマンは村人が鬱状態になったとき、当人の肉体から魂が抜けた状態なので、その魂を取り戻しにゆく旅をする。もちろん瞑想のなかでね。そんなことで鬱が治るわけないと現代に生きている私たちは思うよね。ところが見事に村人の鬱が治ってしまう。
あるいは沖縄にもマブイグミという似たような方法があって、急に無気力になったり鬱状態になった場合は、魂をどこかに落としてしまったんだと考えるわけ。
そこで依頼人が落としてきた魂をユタ(沖縄のシャーマンのこと)が捜してきて、本人の体に入れるという儀式(?)のようなことをする。一連の作業はすべてユタやシャーマンが執り行う。具合の悪い村人はただ黙って寝ているだけ。

これはどういうことかっていうと、一種の暗示なんだろうなと思う。
もちろんヒーリングエネルギーも使っていると思うけど、それ以上に大きいのは、鬱状態だったひとが「魂を取り戻した」と思うことによって自己統一性を取り戻してゆくからなんじゃないかなあ。
つまり魂を取り戻すという一連のプロセスを疑似体験することによって、ひとりの人間のなかで、「こうしたい」という感情と「こうあるべきだ」という観念が対立して分離してしまった状態から、あるがままの丸ごとの自分を受け入れてゆく作業がオーバーラップしてゆくんだろうと思う。結果、気持ちが楽になってゆく。

以前宮古島のユタにひょんなことからみてもらったことがあるんだけど、老いたユタの目ににじんだ涙を見たとき、たぶんわたしは心底癒されたと思った。いまだに、あの年老いたユタ以上のカウンセラーに出会っていない。
それは彼女のなかに、小手先のテクニックを越えた深い慈愛があったからだと思う。

大幅に話がそれたけど、そういう意味では占いやヒーリングもまた心理カウンセリングの隙間を埋めることのできる、必要不可欠な仕事なんだろうなと最近つくづく思う。もちろん人間に対する深い洞察が必要なのはいうまでもない。不確定な未来を当てることに一喜一憂するよりも、依頼人の持つ生命力を信じて潜在意識から変革してゆくことで、受身ではなく積極的に希望する未来をつかみ、流れに乗る方法を教えることのできる、そんなヒーラーでいたいよね。


3月3日 光の部屋とアセンション 
このたび一年間にわたって光の部屋に置いてあったヒーリングwmaファイルの公開を終了いたしました。

ウェブ上のヒーラー養成講座をスタートしたのが、たしか一年前の二月だったと思います。
講座を始めるにあたっていちばん悩んだのが、世間のヒーリングの認知度の低い中で実在の光のエネルギーをどうやってお伝えするかということでした。
エネルギーヒーリングというのは読んで字のごとく、実際にエネルギーを使って初めて実感できるものです。対面ヒーリングにしても遠隔ヒーリングにしても、ヒーラーの側がヒーリングしようと意識してはじめて可能になるものでした。
それを駅前留学ならぬ、ウェブ前にすわればいつでも受信可能にするにはどうしたらいいか・・・・・と考えたときに思いついたのが、
この音声wmaファイルでした。

この発想は当時としてはなかなか画期的だったようで、ずいぶんいろんな方からメールをもらいました。
そのなかには、なぜ普通は有料で行うような内容をウェブ上で公開するのかというものもありました。
その方いわく、もったいないじゃないかと(笑)。
ありがたいことです。
でもウェブ上で公開している内容は本当にヒーリングの初歩なんですよ。不特定多数の方が読むウェブでは深くつっこんだ内容を書くことがとても難しいんです。それは個々の基本的な理解力や基礎知識・人生経験の違いによっては、内容を正確に受け取ることができない場合が多々あるからです。

そういうわけで、もっと深く学びたい方は個人セッションを受けていただくことにして、とりあえずヒーリングがどのようなものなのか知ってもらおうというところからスタートしました。
音声wmaファイルの公開はその一環でした。
ヒーリングを広く一般のひとに知ってもらうためには、小さな個人の損得よりもエネルギーファイルを公開することによるプラス面のほうがずっと大きいと思ったんです。
そしてもうひとつ、当時の社会状況も大きく関係していました。

一年前の今頃というば、アメリカによるイラク攻撃が秒読みの段階に入っていました。
世界各地で死傷者が多数出るような暴力的な反戦運動が起こったり、あるいは米大統領の心を変えるための祈りの集会など、世界全体が一種の集団ヒステリー状態に陥っている時期でした。
けれど世界は個人の縮図です。
自分の身近なひとに対する自分自身の心のありかたを振り返ることなく、世界平和を叫んでも何の力もありません。なぜなら無意識のうちに積み重ねてきた自分自身に対する怒りを反戦行動に転化したものに過ぎないからです。むしろ反戦・平和の名の下に怒りの感情を正当化することによって、争いにエネルギーを注ぐ結果となります。
今でこそ多くのひとが潜在意識のこうした法則を理解していますが、当時はダイアリーにこのような内容を書いてもなかなか伝わらなかったように思います。

そういう状況の中である夜、祈っていたときのことです。
二月の寒い夜でした。

光を降ろせ・・・・・

柔らかなエネルギーとともに、そんな思いが伝わってきました。
祈りが終わってから考えました。
光を降ろせって言ったって・・・・・今だって、ご縁のある方たちには対面や電話でヒーリングをしているし、これ以上どうしたらいいのかなあ・・・・と思ったときに、ふいに浮かんだのがウェブ上ヒーラー養成講座のwmaファイルでした。
インターネットは世界中に繋がっています。
実際海外の方からの問い合わせやメールも多数いただいていますので、当然HPにアップすれば、光のエネルギーははるか遠い場所に住んでいる方たちにも届くはずです。

光のエネルギーは魂のまわりにまとわり着いているネガティブな感情や重さを浄化し、魂がより本来の輝きを放つことができるようにする力があります。
すべての人がこの世に生まれる前に、今生で果たすための約束、あるいは課題を設定してこの世に生まれてきます。
わたしがじかに接してヒーリングできる方の人数は限られています。でも多くのひとがウェブ上で光のエネルギー接することができれば、そのひとたちひとりひとりの魂が当人がより成長するための道へとを導いてくれるはずです。
そしてひとりひとりが本来の自分に立ち返ってゆくとき、ひとりひとりの心の内側から本当の意味での愛と平和が生まれてゆくのではないかと思いました。

わたしには夢があります。
それは大地・自然と人間との共生です。四季折々に自然が発するメッセージを感じながら、ゆったりとした時間のなかで人間が生きてゆける社会や文化です。大地からの恵みやインスピレーションによる音楽やアート、自然を利用したエネルギー。かつてそうした文化がこの地球上に存在しました。
ヒーリングをすることによって、ひとりひとりの人間を大切にできる社会への橋渡しが少しでもできたらいいなと思うのです。
そのためにわたしができることは、あの当時はできる限り多くのひとにヒーリングエネルギーを伝えてゆくことでした。

それから一年。
時代は大きく動きました。同時に地球を取り巻く、目に見えない霊的なエネルギーもまた大きく変動しています。
光の部屋でたくさんの方がヒーリングエネルギーを引いてくれました。
みんなそれぞれのペースで成長されていらっしゃると思います。
多くの方が自分自身の魂の尊厳に気づき始めています。
光の部屋のwmaファイルは十分にその役目を果たしたと思っています。

光の部屋でエネルギーを受けるということは、言ってみれば受身の姿勢です。与えられているものを受け取るだけですから、これほど楽なことはないんです。これまではそれでよいのです。けれど今以上に成長したい、あるいは学びたいのであれば次の段階、すなわち自分から学ぶという姿勢が必要になってきます。過保護はかえって心の自立と成長を阻害してしまうというのがわたしの持論です。
そうした意味でwmaファイルを取り外す時期にきているのでしょう。
本気で成長したいのであれば、有料セッションでヒーリングあるいはヒーラー養成講座のセッションを受けてください。

ここ数年でわたしたち人間を取り巻く状況が急速に変わってきました。
それは時代の流れがとても速くなったこと。個人の日常生活はもちろん、社会的にも時代が大きな転換期に向かって休むまもなく動いているということです。同時にわたしたちを取り巻く自然環境、たとえば日本列島は火山の上に横たわっていますよね。これまで地震活動はつかの間の休息期をむさぼっていたのですが、ここにきて本格的な活動期にはいりました(と、学者さんが言っております)。
これらの現象は何を意味しているのでしょう?
それは私たち人間の意識転換を促しているのではないかと思うのです。
効率優先から人間重視へ、あるいは自然を征服するという発想から自然との共生へと。そして心の鎧を外し、本来の自分自身の可能性を開く生き方を目指すこと。
こうした意識転換、これをわたしは「アセンション」と呼んでいます。

アセンションはすでに始まっています。
地球から発する霊的なエネルギーがここ数年で大きく変わってきていますが、去年の秋ぐらいから完全に変わりました。地球もまた本来の透明なエネルギーに戻ろうとしています。その一端が地殻変動となって表面化しています。
地球の変化に伴って、わたしたち人間の精神や肉体も大きく影響を受けています。
多くのひとが、これまで見て見ぬふりをしてきた自分の本当の気持ちを見つめざるを得ない状況になっているでしょう。
精神の成長はそこから始まります。
光の部屋、あるいは実際にセッションでヒーリングエネルギーを受けていた方たちは、そうした傾向がより顕著だったのではないでしょうか。
これをクリアしたとき、物事をあるがままに受け入れられるようになってきます。すると心から満たされてゆきます。もちろんまだ過渡期の方も多くいらっしゃると思います。

アセンションのためのワークがさまざまな場所で開かれていますが、じつは☆の光のエネルギーはアセンションエネルギーそのものです。wmaファイルやイラストのエネルギーは毎日差し替えているわけではないので、どうしてもリアルタイムのエネルギーよりも古くなりがちではありますが。
そして自分が今以上のものを求めたいのであれば、自分の意思で考え行動していってください。
自分の心に素直に生きる気持ちさえあれば道は必ず開けてゆきます。
なぜならすべての人間が、そのひとを導いてくれる魂(ハイヤーセルフ)と繋がっているのですから。

2月28日  銀座で 
こんばんは。
カイロンの翼のリニューアル、そして新サイトヒーリングルーム ルテラムウのアップもなんとか終わりました。
あらためて皆様には心からの感謝とともに、これからもよろしくお願いします。

さて久々の日記ということで、今日は近況なんぞ書いてみようかなと思ったんだけど、よくよく考えたら、最近のわたしって、毎日仕事しかしていない(爆)。
う〜む・・・・話題が・・・・・。

そういえば、今日は銀座で迷子になりました。
いや・・・・なんていうか・・・・・。
最近、対面セッションのときは東銀座の昭和通り沿いにある銀座東武ホテルを使うことが多いんです。
で、今日のセッションも銀座東武ホテルだったわけ。
ところが今日は土曜ダイヤということをすっかり忘れていて、予定より早めに丸の内線の銀座駅に着いたので、散歩がてら普段通らない道を歩いてみることにしたの。

銀座に来ると、だいたいわたしの寄るお店というのは決まっていて、地下鉄東銀座駅を出たすぐのところにあるケーキのおいしいコーヒー屋さんか、銀座東武ホテルの裏手にあるいつもビジネスマンで賑わっている喫茶店のどちらかなんだよね。
そんなわけで、たまには違うお店を開拓したいなあ〜という気持ちもあって、入ったところがコーヒーとケーキのお店「みゆき館」。
みゆき館のチェーン店は立川にもあって時々行くんだけど、やっぱり本店は広くてゆったりとした雰囲気もなかなか。
バニラクリームとアーモンドののっかったフレーバーコーヒーも美味しかった。

すっかり満足したところで、そろそろホテルに向かうには時間的にちょうどいいなと思いつつ、のんびりと裏通りを歩いていたわけです。ところが次第に道がわからなくなってきた・・・・・。方向的には間違っていないはずなんだけど、どうもおかしい。
「あれれ・・・・へんだなあ・・・・」
内心の動揺を抑えつつ、ひたすら歩く。たしかにこの道のはずなのに・・・・・銀座にこんな場所あったっけ???
そのうち見慣れない大通りに。道の向こうには松坂屋の大きな看板が見える。
「ここ・・・・・どこ????」
さすがにあせりだしました。
時計を見ると、もうすぐお客様のいらっしゃる時間だし。

仕方なくホテルに電話を入れました。
「あの〜迷子になっちゃったみたいなんですけど、ホテルまでの道を教えてください」

そんなわけで、やっとこホテルにたどり着きました。
やっぱ時間には余裕をもって行動すべきだと実感した一日・・・・・・と言いたいところだけど、最大の問題はわたしの方向音痴なのかも・・・・・・。


1月16日 インナーチャイルド
みなさんはインナーチャイルドという言葉を聞いたことがあるでしょうか?
人間は生まれてからすこしずつ成長して大人になってゆきますよね。
肉体の成長にともなって精神も成長してゆきますが、じつは子供の頃の心はいくつになってもわたしたちの心の中に存在し続けます。
この心のことを一般的にインナーチャイルドとよびます。

子供の頃、たっぷりと愛された記憶があるとインナーチャイルドはとても満たされています。そんなとき、わたしたちは自然な感情を表現できたり、好奇心や創造力を思いきり働かせることができます。
ところが子供の頃の、とても傷ついたり悲しい感情が解消されないままおとなになってしまうと、その感情はいつまでも潜在意識の中に残ります。
これは客観的につらい体験かどうかということは関係がなくて、まわりからみればささいなことであっても、本人が傷ついていれば、それはちいさな心の痛みとして記憶に残るわけです。

その意味では傷の深さの違いはありますが、誰の心のなかにも傷ついたインナーチャイルドは存在します。
ちょうど大人であるわたしたちの心の中に、傷ついたちいさな子供が存在するような感じです。
子供の頃に傷ついた直接の体験は表面的には忘れてしまっても、そのときの感情だけはしっかりと残っているので、子供のときの体験と似たようなケースに遭遇すると、たちまちその頃の痛みを思い出してインナーチャイルドが泣き出すわけです。
そしてインナーチャイルドの抱える傷が深ければ深いほど、おとなになったわたしたちはささいなことに怒ったり傷ついたりする自分をコントロールできなくて苦しむことになるわけです。

じゃあ、どうしたらいいんだろうと思いますよね。
まず自分の気持ちに気づくことです。
そしてもし泣いている自分に気づいたら、そんな自分をそっと抱きしめてあげてください。
ここは日記なので具体的なインナーチャイルドの癒し方を書くスペースはないんだけど、先日ひさしぶりにわたしの中のインナーチャイルドを感じたので、その体験をちょっと書いてみようかなと思います。

何日か前のことです。
その日、なんだかとてもイライラしている自分がいることに気づいたんです。
雑用が一段落してからちょっと時間ができたので、ゆっくりとすわって目を閉じました。
ちょうど鏡あるいは湖の水面でも見つめるように、じっと自分のイライラとした心を見つめてゆきます。すると、イライラのもっと深いところに、ある感情があることに気づきました。
それは、しいて言葉にすると寂しさに似た感情です。泣きたい気分とでもいうのかな。
その泣きたい感情をさらに味わうようにじっと見つめてゆきます。
すると3才ぐらいの女の子が泣いている情景が浮かんできました。

あれ・・・・わたしだ。ふうん・・・・インナーチャイルドなんてかなり癒されていたと思ったんだけど、まだいるんだなあ。

わたしは、その3才のわたしに心のなかで尋ねました。
「どうしたの? なんで泣いているの?」

すると砂浜が見えてきました。そこは子供の頃わたしが育った家のすぐ近くの海岸です。あたりはもう日が暮れかけていて、北の海ですからなんとも寂しい風景です。よく見ると、その頃近所に住んでいた年上のいとこたちが7,8人ほど砂浜で手を繋いで波と鬼ごっこをして遊んでいました。
幼いわたしは仲間はずれにされて泣いていたんです。

どうして仲間はずれにされているんだろうと思って、いとこたちに聞いてみました。
すると言葉ではなく、嫉妬とかねたみとか、そういった感情が返ってきました。
そういえばわたしの父は7人姉弟の長男でした。父の上には姉がふたりほどいるのですが、昔のことですから長男の子供ということで、親戚の中ではわたしは特別扱いされていたんです。一緒に遊んでいたいとこたちはみんな伯母の子供たちだったので、おとなたちの特別扱いに対する不満があったのかもしれません。
はじめてそのことに気づいて、びっくりしました。

わたしは泣いている3才のわたしをそっと抱きしめました。
自分なんだけど、なんだかとても愛しく思えたんです。わたしはあなたが大好きだよって。。。。
すると3才のわたしの気持ちが変化し始めました。
あんなに寂しさでいっぱいだったのに、安心したような嬉しいような満たされた気持ちにかわっていたんです。
顔を見ると、はにかんだように笑っています。

「どうする?」
わたしがそう聞くと、3才のわたしはいとこたちのほうに走っていきました。
そして、すぐそばまでいくと、大きな声で言いました。
「いーれーて」
いとこたちはどうする、というように一瞬たがいに顔を見合わせてから言いました。
「いいよ」
3才のわたしも手を繋いで波の鬼ごっこに加わりました。

もう、さっきまでの寂しさはありません。
かわりに心のなかがあったかい思いにあふれています。
最後に、遊んでいるその映像を☆の光で包みました。

目をあけると、とってもあたたかい気持ちになっています。いらいらも寂しさもありません。

これが自分でやるインナーチャイルド療法です。
このときは軽い傷なので比較的簡単に癒されています。
重いトラウマの場合はセッションの誘導がおすすめですが、この程度のものなら自分でも癒すことができると思います。
いらいらや悲しみの感情で苦しいなと思ったときに、こんな感じで自分自身を見つめてみるといいかもしれません。


1月11日 夢のはなし
今日は初夢の話です。
ふつう初夢っていうのはお正月中に見る夢のことだけど、15日ぐらいまでに見る印象的な夢は初夢に混ぜてもいいような気がするなあ。←なんてアバウトな(笑)
わたしはわりと夢を覚えているほうで、自分なりの夢解釈みたいなやつをやるのがけっこう好きなの。
一般的な夢分析の解釈はフロイトやユングなどの解釈をもとにした大雑把な意味づけなんだよね。
でもたとえば「雪」という言葉ひとつとっても、ひとそれぞれ「雪」に対するイメージが違うように、あくまで自分の直感で解釈すればいいような気がする。

ちなみにわたしのこれまで見た初夢を羅列すると、去年は海を泳ぐ夢、おととしは鯉を捕まえる夢、その前は海辺のペンションの二階から海を眺めているとひたひたと水位が上がってくる夢、さらにその前は(しつこい 笑)靴紐を結び夢、その前は(いい加減にしろって 爆)宝物を盗む夢。

ちなみにこれは、

2003年 海を泳ぐ
2002年 鯉を捕獲
2001年 水位上昇
2000年 靴紐
1999年 宝物を盗む

さて、これらの年には実際に何が起こったか書き出してみると、

2003年 ダイビングのオープンウォーター取得。出会いも多かったw 仕事は新しいことに着手した年
2002年 カイロンの翼のHPオープン。神事・ヒーリング関係が発展的だった年。やたら龍と縁があったw
2001年 小説関係で変化のあった年。何度も沖縄に足を運んだっけ。
2000年 ラジオ関係などこれまでまったく着手したことのない分野の話が多かった年。
1999年 占い・ヒーリング等の経済基盤が動き始めた年。

ふうん・・・・・・それなりに夢と相関関係があるようなないような(爆)。
ちなみに一般的な解釈としては、なにかを盗む夢は利益を得る夢。靴は生活の土台をあらわし、靴紐を結ぶのなら新たな動きがあるとも解釈できる。
ここ最近は海とか水系の初夢が多いなあ。
海や水は無意識の動きを表わすことが多く、恋愛・経済・健康など守備範囲が広いのでシチエーションによって解釈も異なるけど、水が澄んでいれば吉。

さて今年のわたしの初夢はひと晩にふたつ。
ひとつは海と旅と飛行場の夢で、どきっとするほど思い当たることが多すぎる(爆)。
んで、ふたつめは魚の夢。
うちの近所の道路一面に海水があふれているの。水位はくるぶしあたりまでなんだけど、びっくりしたのはたくさんの魚が泳いでいること。みんなせいぜい15センチぐらいの小魚が多くて、印象としてはとにかくうじゃうじゃいて、つかみ取り状態(爆)。元気のいいやつが多いけど、中には弱って死にかけているやつもいる。種類も豊富で沖縄の漁港にうようよいた熱帯魚やその他いろいろ。
さてこれを解釈すると、魚は「物質的・精神的な利益」や「アイデアなどの無意識のなかの思考」を表わしていて、サイズは大きいほど吉。多種多様の小魚がうじゃうじゃいるってことは、わたしの頭の中には多種多様のアイデアがチャンプルー状態になっているっていう解釈もできるね。
そのなかには不要のアイデアもあるけど、イケそうなやつもあるってところかなあ(爆)。

というわけで、けっこう楽しませてもらったし、そこそこ中吉の初夢かしらんw


2004年1月8日 乾杯!
さて今週から仕事始めだね。
一年の計は元旦にありなんて言葉もあるように、新しい年が来ると、とりあえず今年こそは〜をがんばるぞとか、何かしら気分が変わるよね。
わたしはといえば、とくべつ今年は〜をがんばろうとか、今年の抱負っていうのはないんだけど、自分のなかでひとつだけとても大きな変化があった。
発見っていってもいいかもしれない。

以前ちらっと書いたかもしれないけど、わたしはヒーラーの仕事とは別にときどき巫女のような仕事をすることがある。もっとも報酬をもらうわけではないし、といって間違っても趣味などではないので、それを仕事と呼んでいいのかは微妙だけど。
それは実際にその土地に足を運ぶこともあれば、自宅でできることもある。
そうした一連の仕事(?)をしながら、わたしは心のどこかでいつも納得できないものがあった。
それは負担ばかり大きくて、そのくせ絶対に光のあたらない地道な作業だなと思うと、なんだか自分だけが貧乏くじを引いているように感じるときがあったから。
精神的に煮詰まると、欲しいものは何も手に入らなくて、誰のための人生なんだろうって心のなかで悪態をついたときもあった。

でも今朝、突然気がついた。
わたしはこんなにも与えられていたんだって。
こんなに満たされているのに、なぜ今までそれに気づかなかったんだろう。

若い頃、精神を病んでいった友人に対してなすすべもなく、ただ見ていてるだけしかできなかった。
あの時、自分の力のなさに歯噛みしながら大切なひとを救える力が欲しいと心から願った。
その思いがやがてヒーリングという方法に繋がった。
もちろんひとがひとを救うなんて、それは思いあがりに過ぎないのは重々承知しているけれど、それでもわたしはその彼女を助けたかった。きれいごとではなく、彼女はわたしにとってかけがえのない友人だったから。

あれから十数年の月日が流れた。
彼女を救うことはできなかったけれど、いまあのとき心から欲しいと願った癒す力の何十分の一かは手に入れたような気がする。
いや手に入れたというのは正確な表現ではないかもしれない。
それはわたし個人の力ではなく、この世界に存在するものすべてと繋がってはじめて起動する力だから。
そうしたヒーリングエネルギーとの繋がりは大地や海や風が与えてくれたものだった。

西端の島の誰もいない砂浜で海を渡る風を感じながら、あるいは白い月明かりに照らされた山の上で無数の精霊たちと交わりながら、それはいつのまにか与えられていた。
精霊、あるいは神々と呼ばれる存在・・・・・わたしはそれを高次元エネルギー体などと呼ぶけれど、それは宇宙も含めた自然の中に存在する無数の意志そのものなのだろう。
かれらに呼ばれ、こんな遠くまで来てしまったと思いながらただひとり星空を見上げる夜がどのぐらい続いただろう。
かれらといるとき、心はとても満ち足りていた。
世界と繋がり、自分も宇宙の一部なのだとリアルに実感できたから。
でもふとした瞬間、正直に白状すると、身近なひととその思いを分かち合えない寂しさを感じたのも事実だった。
そんなとき、自分自身の境遇に嫌気が差した。
どうしてわたしばかり・・・・・って。

けれどふと気がつくと、いつのまにかすぐそばに愛するひとと心を許せる友人たちがいた。
あれほど苦しんだトラウマも薄皮をはぐように消えていった。
お客さんや友人・知人にヒーリングをさせてもらいながら、同時にわたし自身も深く癒されていったのがわかる。
わたしはたくさんのひとたちに支えられて生きてきた。
最初から、これ以上欲しいものはないと思うぐらい与えられていたのに、長い間わたしにはそれが見えていなかった。
心のどこかで子供のように拗ねていたからかもしれない。

たったひとりで見知らぬ土地で夜を過ごしていたのはほかの誰のためでもなく、自分自身のためだったのだと今なら理解できる。
本当にいやなら、大地の声に耳を塞ぐこともできた。
でもわたしはそうしなかった。
心にひっかかりを感じながらも、そうした自然と交流してきたのは、心のどこかでわたし自身がそれを受け入れることを望んでいたからだった。

今頃になって気づくなんて、なんて鈍感なんだろうと思うんだけど、でも今からでも遅くないよね。
あなたに会えてよかった。

心からの感謝をこめて
愛するあなたと世界中のすべての存在に乾杯!