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Diary5 (’03.6.2〜8.28)


8月28日 近況あれこれ
ようやくリニューアルメニューがスタートしました。
これまでもクチコミルートの紹介者のある方には対面ヒーリングをさせていただいていたんだけど、その場合、相手様には紹介者の方と一緒にわたしの自宅に来ていただくか、こちらから相手様のお宅にお伺いするという方法をとっていたの。でも決して広いとはいえない家なので、ある程度の知り合いならともかく、見ず知らずの方に来ていただくことに対して、いつも心苦しい思いを感じていたの。

その点、遠隔ヒーリングや電話カウンセリングの場合は場所は関係ないので、楽といえば楽だったんだけど、やっぱり電話での遠隔ヒーリングには限界があるんだよね。もちろん本質的には変わらないしその効果も大きい。でもそれはエネルギーのみをとった場合の話で、人間同士であるという部分に目を向けたとき、正直言ってやっぱり大きな違いがあると思う。
それは、ヒーリングを受ける側の気持ちの違いじゃないかな。はじめてヒーリングを受ける場合、やっぱり目の前にヒーラーがいて、直接ヒーリングしてもらうと安心感が違う。こちらも相手様の状態によって臨機応変に対応できるし。双方にとってコミュニケーションがとりやすいぶん、それだけヒーリング効果も大きくなるのは、これまでの経験から痛切に感じる。

だから、ネットからはいってくるお客様に対しても、できたら対面ヒーリングをしたいという気持ちがずっとあった。その気持ちが強くなったのは、6月にわたしの師にあたる方から17日間にわたる前世・インナーチャイルド療法を含めたヒーリングの講習を受けてからだった。ヒーリングだけではなく、かといってインナーチャイルド療法だけでもない、すべてを組み合わせたトータルでのヒーリングを受けて、目から鱗が落ちた気がした。いますぐこの方法を取り入れないにしても、対面ヒーリングのもつ無限の可能性をみせてもらったと思う。

友人とお酒を飲みながらヒーリングのことに話がおよぶと、いつもヒーリングルームを始めればいいのにという話になる。
言われてみればそうなんだけど、ヒーリング以外に仕事を持っている身なので、お店を開業してもフルで稼動できるわけじゃないことを考えると、やっぱり躊躇してしまうんだよね。一週間に3日しか営業しないんじゃ、いくらなんでも経費がかかり過ぎる(笑)。

そんなわけでここ二ヶ月、あれこれと迷っていたんだけど、先日、熊野から帰ってきてから突然気持ちが決まった。
少々高くても、ゆったりとくつろげるいいホテルの一室を借りて、ヒーリングをする。
決心したら、あとは早い(笑)。
さっそくホテルを捜す。最近の東京はホテルラッシュなのか、次々と外資系のホテルが参入してきて、新しくて素敵なところがいっぱいあるんだよね。ネットで検索して、内装、チェックインの時間など細々としたことをチェックしながら、素敵なホテルの多いベイエリアか交通の便のいい新宿あたりのホテルをいくつかピックアップした。最後にわたしとの相性も含めて、ホテルの建つ土地の、いわゆる気をサーチしてみる。

土地にも良い気の流れている場所と陰の気が澱んでいる場所っていうのがあるんだよね。風水なんかでは、方位を駆使してこの土地の気を調べる。わたしの場合は、土地の波動そのものを体感で調べるという方法をとる。もちろん、風水で読む気と実際にその土地の発している気が一致しない場合もある。そのあたりは理論と実際の違いだろうね。
というわけで、サーチした結果なんだけど、全滅だった・・・・・・。
個人的には恵比寿ガーデンプレイス内のホテルなんて、最高に好みだったんだけど、これもだめ。
ん〜どうするか・・・・・・・。こんどはホテルを限定しないで、いい気を発している場所・・・というサーチの仕方をする。

――赤坂!

ものすごく強い気がはいってくる。
さっそく、ホテル検索でいくつかピックアップして、こんどは個別にサーチしていく。
こうして最終的に決めたのが、セッションに使用することに決まったホテルです。
ちなみに赤坂といえば、東京最大のパワースポット皇居のほぼ南西に位置します。風水はそんなに詳しくないのでわからないけど、この位置関係も、この場所の発する気となにか関係があるのかな?

そんなわけで、対面ヒーリングのスタートです。
大阪方面でのセッションは、3人以上希望日が重なればできるかな。大阪の場合、交通費がかかるのが難点だよね。
でもきっとご縁のある方とは、自然とお会いできるんだろうな(笑)。

それから電話カウンセリング担当のハヅキはわたしがいちばん信頼している友人でありヒーラーです。彼女は☆のヒーリングを身につける前からカウンセラーをしていて、わたし自身も彼女からたくさんのことを教わりました。潜在意識の話とかカウンセリングに関しては、わたしよりずっと話し方が上手です♪

なんにせよ、新しい展開にちょっとわくわくのキョーコです♪
ハヅキともども、あらためてよろしくお願いします。

8月21日 南紀・熊野紀行(8月16・17日)
その1 熊野本宮大社と大斎原(おおゆのはら)

熊野行きが決まったのは7月の終わりだった。
いつものことながら、突然仕事の依頼が入る。熊野は和歌山県の紀伊半島に位置し、南紀白浜温泉などの風光明媚な観光地からさらに内陸部にはいったところにある。今回の目的はもちろん仕事であって観光ではない。いや・・・せっかく南紀に行くんだから、白浜のリッチなホテルで温泉三昧したいなあというのが本音なんだけどね(苦笑)。

というわけで、16日の朝7時の羽田発の便で関西空港へ飛んだ。羽田から南紀白浜空港行きの直行便に乗れば早いんだけど、残念ながら満席でチケットが取れなかったんだよね。
関西空港から目的地である熊野本宮町は関空から特急くろしおに乗ること1時間半。紀伊田辺駅で龍神バスに乗り換える。道の両側に広がるひなびた山村風景わ眺めながら、ひたすら山道を走ること2時間。

本宮町に着くと、さっそく依頼人と会って打ち合わせ。仕事は夜ということで、それまでの空いた時間に熊野本宮大社に行ってみることにした。
ご存知の方も多いと思うけど、熊野本宮大社は熊野速玉神社(新宮)、熊野那智大社とともに熊野三山と呼ばれ、全国の熊野神社の総本山だ。熊野は中世から近世にかけて幅広い信仰を集めていたらしく、庶民はもとより後鳥羽上皇をはじめとした当時の皇族・貴族たちがこぞって熊野詣でをしたらしい。
熊野といえば有名なのはサッカーファンおなじみのヤタガラスだよね。ヤタガラスというのは三本足のカラスで、古事記の「神武東征」のくだりに出てくる。
いわく、熊野入りしたものの地元勢力の抵抗にあって苦戦を強いられていた神武天皇軍を導いたのがヤタガラスだったんだとか。たしかに熊野は豊かな森があるせいか、やたらとカラスが多いよね。海路から熊野に上陸した神武勢の目には真っ黒いカラスはどんなふうに映ったんだろうね。なかなか興味のあるところだね(笑)。

さてお目当ての本宮大社は参拝客もそれほど多くなくて、木造の社は歴史を感じさせるたたずまい。のんびりと境内を散歩していると、ゆるやかに流れる河のイメージがはいってくる。社務所で聞いてみると、それは大斎原の横を流れる熊野川じゃないかと教えてくれたので、さっそく大斎原に行ってみることにした。
本宮前の道路を隔てて反対側に渡ると、田んぼの向こうに大きな鳥居が見えた。
のんびりとあぜ道を歩く。
大斎原の入り口にある見あげるような巨大な鳥居をくぐり、森の中の一本道を歩いてゆくと、ほどなく草地が見えてきた。大斎原というのは1889年の大水害が起きるまで本宮大社があった場所で、現在はちいさな石の祠がふたつあるだけで、森に囲まれただだっ広い草地になっている。
大斎原の前で、道は熊野古道へ続く道と川原へ降りる道の二本に分かれている。
わたしは迷わず川原へ向かった。
前日までの大雨ですっかりぬかるんだ砂地を歩いてゆくと、目の前に熊野川の豊かな流れが広がっていた。水はダムの放流のせいで茶色く濁っていたが、砂地の背後にはどこまでも続く深い森が広がっている。
その風景を見た瞬間、わたしは思わず息をのんだ。

それは一年半ほど前にさかのぼる。
ある日の瞑想中に不思議な風景を見た。周囲を深い森に囲まれ、蛇行しながら流れる大きな河。その川の中州にこんもりとした森があり、そこに真っ白い龍がいた。
白龍?
そう思った瞬間、白龍はオレンジ色の炎のような光を放つ龍に変わった。
どこ?
――熊野!
言葉ではなく、直感としかいいようのない確信に満ちた思いが胸の奥からこみ上げてくる。
ふと、いつか熊野に行くことになるのかもしれないと思った。

目の前の熊野川を見ながら、あのときの記憶がまざまざとよみがえった。
なんだかおかしくて、胸の奥から笑いがこみあげてきた。
熊野に足を運んだのは今回がはじめてだが、あのとき瞑想の中で熊野川にいた龍はすでに一年以上前からそばにいる。龍のようなエネルギー体にとっては場所など関係ないんだろう。
上空で龍の巨大なエネルギーが渦巻いていた。

川原から戻り、大斎原の草地に行ってみることにした。
だだっ広い草地には暖かい気が満ちていた。本宮大社よりも、本来の土地のエネルギーが高い。やはり古代の人々は土地のもつ気、あるいはエネルギーをキャッチする能力に優れていたのだろう。大社を建てるにあたって、このあたりでは、おそらくいちばん強い地の気をもった場所を選んでいるんじゃないかなと思った。

ふと時計を見ると、いつのまにか今夜泊まる川湯温泉行きのバスの時間だ。
夕方の風に揺れる稲穂を眺めながら、のんびりとバス停に向かった。


その2 神倉神社

翌17日は朝から雨。
昨夜、無事仕事も終わり、本当は今日の夕方の便で東京に帰るつもりだったんだけど、あいにくの満席。結局18日の早朝の便しかとれなかった。というわけで、今日は終日フリーだ。

タクシーで新宮へ向かう。
運転手さんといろいろ話していると、新宮のすぐ近くに神倉神社という神社があるんだけど、これがなかなか趣きがあっていいという。
さっそく神倉神社に行ってもらうことにした。

ちいさな神社の前にタクシーを止めると、小雨のパラつくなか、赤い鳥居をくぐった。
すぐ目の前にサルタヒコを祭るちいさな社があり、その左手に木々に囲まれた急な石段がある。
神倉神社は熊野速玉大社の摂社だが、その歴史は速玉神社より古く、ご神体はゴトビキ岩と呼ばれる巨大な岩だという。
「なんでも、この岩のそばの穴から銅鐸の破片が発見されておって、弥生時代には祭りの場所として大切にされていたって話や」
「へえ・・・・・そうなんだ」
大小不規則な石で作られた石段はかなりきつい。わたしはすでに息が上がっている。
「お客さんを案内すると、大抵入り口でこの石段を見ただけで、帰るひとが多いわ」
そりゃそうだろう・・・日頃の運動不足がたたって、心臓がバクバクいっているもん。
「速玉大社は、この神倉神社に降りた神さんを移したので新宮いうんや」
「なんだ。新宮って本宮に対してじゃなかったのか」

ようやく石段を登りきると、そこには見あげるような巨大なゴトビキ岩があり、その岩に張り付くようにちいさな社があった。
本当に岩そのものを祭っているんだな。
社にはわたしたちのほかは誰もいない。
ふと柵の向こうに目をやると、眼下には雨にぬれた新宮の町が広がっている。
「ゴトビキ岩のゴトビキっていうのは、こっちの言葉でひきがえるのことや。似ているやろ」
言われてみればたしかに似ている。
10段ほどの石段を登り、社のすぐ横の岩に手をかざすと、強いエネルギーを感じる。これなら聖石として、人々から信仰されてきたのもうなづける。

古代の祭祀場には意識的に石を配列したり、逆に強いエネルギーを放つ石そのものを祈りの対象とする例がとても多い。実際、そうしたエネルギーが人の精神や自然の植生そのものに強く影響を与えるからだろう。
わたしがはじめて石や岩の放出するエネルギーの凄さに気づいたのは、何年か前に宮古島で、石庭と呼ばれる、ある方のお庭におじゃまさせてもらったときだった。もういい年のおじいちゃんなのだが、心の声の命じるままに、もう十年以上も前から自分の家の敷地内の岩(サンゴ石?)を機械を使わずに掘り起こしているのだという。
そのおじいちゃんが掘り起こしたという巨大な岩が所狭しと庭に置いてあるのだが、そのひとつひとつの岩からとても強いエネルギーが放出されていた。島では有名らしく、いろんなひとが石を拝みにくるらしい。
もっと驚いたのはそのおじいちゃんの部屋に通されたときだった。部屋の右側から暖かいエネルギーがくる。なんだろうと思ってふと見ると、棚に貝や古代生物(?)の化石がいくつも並んでいる。どうやらエネルギーの発生源はその化石だったらしい。べつにわたしが特別なわけではなく、そのおじいちゃんによると、誰でも化石が放出するエネルギーに驚いて帰るのだという。

雨にけぶるおだやかな社の気を楽しんだあと、ふたたび石段を降りて帰ることにした。
ところがここでアクシデント発生!
なんと、右目のコンタクトレンズがズレてしまったのだ。あいにく手鏡はタクシーの中に置いてきてしまったのでどうにもならない。人間っていうのは両目で対象物への距離を測るらしく、片目がぼやけた状態だと、距離感がまるっきりわからない。ふつうの石段ならともかく、ここの石段はひとつひとつの石と石の段差が大きいうえに、じつに不規則な石の積み方をしている。おまけに、上から見下ろすと転落するんじゃないかと思うぐらい傾斜が急なわけ。
うげっ・・・・・・。
これはマジにこわい。見えてない状態とほとんどかわらない。しかし、ここを降りないかぎり、下には戻れないわけで・・・・・。
仕方なく、一段一段、慎重に降りることにした。石にしっかりと手を着いて、ゆっくりと足もとを確かめるように、そろりと進む。
まさか、見えないということがこれほど怖いとは思わなかった。
どうしよう・・・・・・こわいよ〜。
そのとき、ふいに足もとが軽くなった。
――え?
足もとがふわっと浮き上がったような感じで、何かぽかぽかと暖かいものにくるまれているみたい。
ああ・・・・そうか。
さっきの社にいた女神と龍の波動だった。どうやら下まで送ってくれるつもりらしい。
もうだいじょうぶだ。深い安心感を感じた。
距離感はつかめないまんまだけど、転ぶ気はしない。
来るときよりもスタスタと石段を降りると、先に下で待っていた運転手さんがびっくりしていた。
「速いなあ。のぼりとはえらい違いだ」
石段を振り返り、あらためて龍と女神にお礼を伝えた。



その3 那智の滝


さて神倉神社をあとにして、熊野速玉大社を巡り、那智大社に向かった。
タクシーが那智山の上り口にさしかかると、とたんに雨足が強くなった。雨と霧が当たりにたちこめ、視界がどんどん悪くなってゆく。
「・・・・・・いつもならこの位置から那智の滝が見えるんだけど、今日は霧で何も見えないなあ。こんなことめったにないんやけど」
タクシーの運転手さんがしきりに首をかしげながら言う。
那智の滝の手前の駐車場にタクシーを止めると、どしゃぶりの雨の中を滝へと向かった。駐車場脇の階段を下りると、滝はもうすぐそこだ。が、滝についたとたん、雨はさらに激しく降り始めた。ほとんど集中豪雨状態。まあ、水量が増えているので迫力はあるけど、それにしてもまいったなあ(苦笑)。
せっかく来たんだから、見晴台でしっかりと滝を眺め、雨水だか滝の水だかわからない状態の聖水をいただき、次は那智大社へ向かった。
この頃には、雨のほうは小降りになっていたんだけど、あいかわらずの霧。
乳白色の霧が立ち込め、周囲の山はおろか、那智大社のすぐ下にある社務所の屋根さえ霧にさえぎられて見えない。まさに霧の結界で下界と遮断されたような感じ(笑)。
この霧のなかを熊野の龍がゆうゆうと動き回っている気配を感じる。
まったく・・・・・・・。

とりあえず参拝も終わり、タクシーに乗って走り出したとたん、サーっと霧が晴れてきた。
「今頃晴れてきたなあ」
運転手さんがぼやいている。
後ろを振り返ると、窓ガラスの向こうに真っ白い那智の滝が見えた。


というわけで、二日間の熊野旅行はなかなか面白かったです。
ところで龍なんて本当にいると思いますか?
べつにティラノザウルスみたいな龍がいるわけではありません。わたしが龍と表現する存在は、目には見えないけれど、強大なエネルギーを持った生命体です。何をもって生命というのかといえば、わたしは心をもっていれば生命といっていいのではないかと勝手に思っています。なので、龍を生命体と表現しました。
そう・・・・・・龍と呼ばれるエネルギー体は心・感情・意志をもっています。
熊野にいた龍は熊野に固有の龍なのかといえば、そうではなく、日本列島そのものと同じ広がりとエネルギーをもっている巨大な龍そのものなのではないかと思います。


7月9日 変化の波 
6月後半から公私ともに忙しい日々が続いていて、先日ようやく一段落しました。といっても、次の動きが始まるまでのつかの間の休みって感じで、あと一週間もすれば、またバタバタと忙しくなりそうです。
ここ数年、日々の生活は変化の連続で、信じられない展開とスピードで動いていた気がするんだけど、ここにきていよいよ本格的に転機到来といった気配です。

ひとつは、わたしの尊敬するあるネイティブアメリカンのシャーマンからかれらのヒーリングの方法を学ぶと同時に、徹底的に私自身の過去生回帰とインナーチャイルドのヒーリングを受けたこと。これは正直言ってこたえました。これまで蓋をしていた自分自身といやおうなしに向き合わなくちゃならなかったからです。
最初はセッションのたびに泣きました。もうほとんど号泣です(笑)。けれど、セッションを繰り返すうちに、自分の中のさまざまなトラウマが消えていって、どんどん心が自由に軽くなってゆくのを感じました。すべてのセッションを終えて、いま本当に自由な自分がいます。

今回のお勉強を通じてわかったのは、一般的に正しいとされていることが、いかにわたしたちの心を縛っているかということでした。ひとは社会的に生きものですから、どうしてもその時代の価値観を無意識のうちに身にまとって生きています。けれどそうした価値観は国や時代によって大きく違うんですよね。つまり広い視野に立ってみたとき、それは決して絶対的なものではないということです。
しかし肉体の殻に囚われた人間は、しばしばその時代の価値観を絶対的なものだと思い込みます。そのために、魂の観点から見れば本来悩まなくてよい事であるにもかかわらず、トラウマとなってしまうほどの罪悪感や不安感、怒りなどさまざまなネガティブな感情に苦しむ事になるんだなあ、ということを実感しました。
でもそうした苦しみを乗り越える経験をして、はじめて見えてくるものがたくさんあるのだと思います。どんなに過酷なトラウマであっても、それはその先の喜びを感じるために必要な経験なのだと、いまなら揺るぎない心で言うことができます。

今回の体験をどう生かしていけばいいのか、まだ模索中ですが、仕事のやり方そのものも変わってゆくような予感がします。それはまだもやもやとしたイメージであったり色や匂いという形でしか、わたしの前に姿をあらわしてくれません。次の波が来たあとで、いずれくっきりと形をとるような気がします。
何年か前のわたしだったら、きっと変化の波を恐れたと思います。いえ、それ以前に、トラウマと正面から向き合えなかったかもしれません。いまネイティブのシャーマンを通じて、そうしたセッションを受けることができたということは、それを受け止められるだけの精神的な下地が自分の中にきちんと育っていたということなのでしょう。
そう考えると、すべての経験が無駄ではなかったのだとあらためて思います。
わくわくとドキドキとちょっぴりの困惑を感じているけれど、新しい波を楽しもうかなと思っています。

6月17日 クリエイター
ここ一週間ばかり、ひさしぶりに集中して、とある企画のシナリオ原稿を書いていた。
日記やHPのコンテンツではなく、小説形式の文章を書いたのは昨年の3月以来だから、ゆうに一年ぶりのこと。
今回作品を書いていて、思い出したことがある。

むかし、といっても二十歳の頃の話。
もともと子供の頃から絵を描くことが大好きだったのと、ごくふつうに生活しているときに、物語のワンシーンがぱっと頭の中に浮かぶことが多々あって、よくそのワンシーンのイメージをイラストと文章で書き留めていたの。でもそれ以上どうこうするという事はなかったんだよね。
ところがひょんなことから、友人と競作の物語を書こうという話がもちあがったの。
それが物語を書くようになったきっかけだった。

ところがいざ物語を書きはじめると、鮮烈なイメージが次々と浮かんできて、その当時のわたしは物語の中の世界にのめりこんでいったの。それは麻薬のような感覚に近かったと思う。文章を書けば書くほど、現実の世界に戻って来れなくなる感覚とでも言ったらいいかな。物語の中のファンタジーワールドは虚構、つまりバーチャル世界なんだけど、生身の自分が生きている現実世界よりも比重がどんどん大きくなっていったの。
正直、これはヤバイと思った。だって日常の現実感がどんどん希薄になっていくんだもん。自分が作り出した物語の中の主人公がまるで生きているかのように感じられるし・・・・・・。

結局、その物語を書き上げてからしばらくして、わたしは現実の世界に戻ろうと思った。
10年、ペンを持つのをやめよう――。
もしも10年たっても、まだ心の中に書きたいという情熱があるなら、そのとき新しい物語を書こう――と。
それからのわたしは絵も文章もいっさい書かなくなった。音楽も聴かなくなった。逆にずっとやりたかったオートバイの草レースや峠攻めに夢中になった。

それから10年とちょっと過ぎた頃、自分のなかから静かに物語が生まれようとしているのに気がついた。
それは20歳の頃のそれとはまるっきり違っていた。どう言ったらいいのかな・・・・・・。書きたくてたまらない気持ちと同時に、しっかりと地に足をつけて生きている感覚とでもいったらいいのか。10年のあいだ、やまほど傷つくこともあったけど、そのひとつひとつの体験がしっかりと消化されて、魂の内側ら物語を生み出したような気がする。
そのときわたしは、もうペンをもっても、だいじょうぶだと思った。

いま思うと、20歳の頃に書いたものが、その当時の自分自身を蝕んでいったのは当然だったんだよね。それは現実をともなわない憧れや夢でしかなかったから、無意識のうちに現実逃避をしていたの。物語の中にでてくるのは、実体験を伴わない、悲しみや怒り、あるいは喜び・・・・いずれにせよ、想像の産物ばかり。
それは、とても薄っぺらな物語だったと思う。

ものを創る人間に必要なのは技術的なこともさることながら、それ以上に自分が現実の生活をしっかり生きることだと思う。たとえば高山植物の美しさを表現したいのであれば、ビデオの中の花を見て安易に作品を創るのではなく、自分の足で汗水たらしながら山に登って花を見る。そこから作品を創らなければ、きっとリアルな感動は伝わらない。
ビデオやゲームが氾濫して手軽に感動を楽しめる世の中になったけど、本物のオリジナリティを育てたいのであれば二次元の世界に浸るのではなく、実際に体を動かして泥まみれにならなければ得ることのできないものがたくさんある。
映画や小説は数限りなく存在するけれど、一流と二流の違いはそこなんじゃないかなあ。

わたしは小説に関してプロには至れなかったけれど、心理分析の立場からもこれはいえていると思う。
もしこれからクリエイターを目指す方が、これを読んでくれているなら、どうか心に留めておいてください。
遠回りかもしれないけど、自分の中にたくさん貯金を作ってからでも、じゅうぶん間に合う。もしも現実生活で悩みを抱えているなら、真正面から自分と向き合ったとき、はじめてその苦しみは何かを生み出す大きな原動力に変わるのだということを。


6月8日 涙がとまらない
昼間、友人からメールがきたのだけど、なんだかすごく悩んでいるようす。
ちょうどいいタイミングで出先から戻ってきたところだったので、さっそく彼女に会った。
近所のレンタルルームでアイスティーを飲みながら話を聞いているうちに、彼女の心の痛みが胸の奥に流れ込んできた。
彼女の苦しさの原因はずっと以前から感じていた。
でもこの日はあまりにも深い彼女の孤独と悲しみが、まるで自分の感情そのもののように胸の奥からこみ上げてきて絶句してしまった。
彼女はこれまで自分の弱さを見せまいと、必死でがんばって生きてきたのだろう。
「わたし、人前で泣いたことがないんだ」
その言葉を聞いたとたん、あっけなく涙があふれた。
わたしが泣いてどうすると思いながらも、嗚咽がこみ上げるのをどうすることもできない。
「ごめん・・・・・・だめだ・・・・涙が止まらない・・・・」
そう言いながら顔を上げると、彼女も泣いていた。

わたしは彼女と一緒に泣きながら、以前宮古島で会ったユタのおばァのことを思い出した。
あれは小説の原稿の取材で宮古島に行ったときのことだった。ひょんなことからユタのおばァと知り合った。
べつに悩みはなかったけれど、話の流れでおばァにみてもらうことになった。
おばァは神棚の前でしばらく手を合わせて祈っていた。
青いフクギの葉がさやさやと鳴る。
線香の煙がゆらゆらと立ち昇ってゆくのを眺めていると、おばァのかすかな祈りの声が止んだ。
そしておばァがゆっくりと振り返った。
おばァの目のふちが赤くうるんでいた。
わたしははっとした。
おばァはじっとわたしの顔をみつめると、静かに言った。
「つらかったでしょう・・・?」
ふいにおばァの目から涙がこぼれた。
「あんた・・・・子供の頃から、ひとがしなくてもいい、つらい経験をいっぱいしてきたでしょ」
わたしは絶句した。
何ひとつ、おばァには自分の過去のことなんて話していない。すべて乗り越えてきたことだから、いまさら話す必要もない事だと思っていたからだ。
けれど目の前のおばァはわたしの痛みを感じて泣いていた。おばァの慈しむような思いが心に流れ込んでくる。それはどんな慰めの言葉よりも心に響いた。

わたしは仕事でカウンセリングするときも友達の悩みを聞くときも、相手の心の痛みを感じながらも、つねに冷静でクリアな視点で状況を分析できるように心がけてきた。一緒に泣くのは簡単だけど、それでは何の解決にもならないと思うし、今この苦しみを乗り越えることが相手の成長には必要不可欠なプロセスだと思えば、心を鬼にして厳しいことも言ってきた。
だから、自分があんなに泣くなんて思ってもみなかった。

けれど今日、わたしは泣きながら、それでも生きろと心から思った。
そこにいるだけでいい。それだけで、じゅうぶん生まれてきた意味があるんだよ・・・・と。
完璧な人間なんていない。
みんな痛みを背負って生きているんだから、弱みを見せていいんだよ。

ああ・・・書いているとまた涙モード・・・。
それにしても、仕事のたびに泣くようになったらどうしよう(^^;


6月2日 素顔のままで
最近、気づいたことがある。
人間関係って、たとえば恋人なり夫婦なりの関係、あるいは親子・友人関係においてもそうなんだけど、その時々でごく自然にそれぞれの立場に見合った役割を引き受けることが多いよね。
たとえば友達どうしでも、Aさんといるといつも聞き役・なだめ役にまわることが多いけど、Bさんといるとなんとなく主導権をにぎることが多いとかね。恋人・夫婦の場合はこれがもっと顕著だと思う。

わたしの場合は、いつも相手を守る側・癒す側にいることが多かった。
相手が自分の親であろうと、友人・恋人であろうと、この立場は見事なぐらい変わらない。いつも気がつくと、泣いている相手を黙って抱きしめていることが多かった。

恋愛をしてもそうだった。
選ぶ相手がいけないのか(笑)、いつも聞き役・慰め役にまわってしまう。肉体的には男のひとのほうが強いけれど、心のどこかで、黙って相手を見守っている自分がいる。
それはわたしにとってはごく自然なことだったし、そうすることでわたしもまた心が満たされていたんだよね。
だから役割分担なんて発想すら浮かばなかった(笑)。

たしかにそうした生き方は満ち足りていたけれど、常にひとを受けとめていくのは、時にはシンドイときもある。とくに身近な人間関係の場合はなおさらだよね。つねに自分のコンディションが100パーセントオーライってわけじゃないもんね。
でもそんなときですら少々泣き言を言ってはみるけど、相手の負担になると気がついた時点で、さっと笑顔を見せていたような気がする。それがほとんど無意識にちかいわたしの思考パターンになっていて、思った以上に気を張って生きてきたのかもしれないなーと、最近ふと気がついた。

守らなくちゃと思っているときは強くなれるけど、本来の、素の自分はけっこう弱虫なのかも(笑)。
そんな自分がひどく新鮮に見えて、なんだか笑ってしまった。もちろんそんな自分に気づいたからって、何かが大きく変わるわけじゃないけど、でも弱さを見せてもいいんだ・・・と思えるだけで、すっと気持ちが楽になったの。
逆に、いままでずいぶん無理をしていたんだってことに、はじめて気がついた。
もうすこし・・・自分に素直に生きてみようかな。