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5月22日 丹後旅行記(5/17〜5/19) 後編
その3 大江山
いよいよ今日で旅行も最終日。夕方には京都に出て、東京行きの新幹線に乗らなきゃならない。
とりあえずタンゴ鉄道で京都方面に向かうことにした。
電車の窓からのどかな風景を眺めているうちに、ふと大江山に行ってみようと思った。
本当は自分の足で登ればいいんだろうけど、時間的にちょっときつい。
駅前でタクシーを拾って登れるところまで行ってもらおうかな。
旅館でもらった地図を眺めると、大江山口内宮駅は宮津から4駅目だ。
よし!決まり♪
大江山といえば、やっぱり酒呑童子の伝説が有名だよね。
時は平安時代、大江山の酒呑童子を頭とする鬼たちが京の都に来ては悪さをしていた。そこで源頼光らが鬼たちに酒をふるまい、酔っぱらったすきに首を討ち取ってしまったっていう話。
それから時代をもう少しさかのぼると、こんな話もあるよ。用明天皇の時代、英胡・迦楼夜叉・土熊の三人の鬼が三上ヶ嶽(大江山)で暴れまわっていたので、聖徳太子の異母弟の麻呂子親王(まろこしんのう)が退治したという話。
ついでにもうひとつ。崇神天皇の時代、その弟の日子坐王(ひこいますのきみ)が蜘蛛と呼ばれるまつろわぬ民を退治したという話。
なにやら神秘とミステリーの匂いが漂っているよね。
というわけで、大江山内宮駅で下車することにした。
電車を降りると、あたりはうっそうとした森と大江山に連なる山々のほかは何もない。
(うそ・・・・・・)
タクシーどころか付近には民家すらない。街道沿いに大江山蕎麦の店が一軒あるけど、時間が早いせいか開店前だ。
しばし呆然・・・とたたずむわたし。
案内板を見ると、ここからだと大江山登山道まではかなり距離がある。歩いてそこまで行くのはきつい。
ふと1キロも歩かない所に元伊勢内宮皇大神社と天岩戸神社があるのに気がついた。その背後には日室ヶ嶽と呼ばれる標高427メートルほどの山がある。ここならハイキングにはちょうどいい。
というわけで、さっそく自販機でお茶を買い、まずは日室ヶ嶽の入り口にあたる皇大神社に向かった。
しばらく街道を歩き、途中から原生林の色濃く残る山の懐にはいってゆく。
神社の入り口には甘酒という文字の書かれたのぼりが立っている。
鳥居をくぐり、苔むした石段を登ってゆく。
両脇には樹齢千年以上もの古木が立ち並ぶ。
あたりにはわたしのほかは誰もいない。静寂そのもの。
真名井神社も濃い森の気配を感じたけど、ここは山の中だけあって山特有のむせ返るような緑の匂いが立ち込めている。
石段を登っていると、不意にあたたかい気配を感じた。何気なく気の漂ってくるほうを見るとちいさな池がある。真名井の水というのだそうだ。ものすごく強いエネルギーだった。
森に囲まれた境内には簡素な神殿があった。
やっぱりな・・・・・という感じ。ここを訪れるひとの数は決して多くないんだろうな。だからこそ逆に聖地の気を保っていることができるのかもしれない。
境内の石段に腰を下ろして、しばし休憩。
初夏を感じさせる陽気が心地よい。
きれいな空だなあ・・・・・・。
のんびり鳥の声を聞いていると、年配の男性のグループがやってきた。
話してみると姫路から来たのだという。姫路はすごくいいところだから、ぜひ遊びに来なさいと言っていた(笑)。
このあと、すぐ近くの渓谷にある元伊勢天岩戸神社に行ってからしばらく山道を歩いた。
どこをどう歩いたのかよく覚えていないんだけど、さんざん歩き回って疲れかけた頃、ようやく里に下りた。
ここからさらに街道沿いに点在する猿田彦神社、元伊勢外宮豊受大神社を通って、タンゴ鉄道の大江山高校駅に着いたときはさすがにへとへと〜。
無人駅の待合室でぐったりしていると、一両編成の電車が入ってきた。
次の大江山の駅で京都行きの特急に乗り替えだ。
大江山駅に着くと特急が来るまで20分ほど時間がある。大江山はこのあたりでは比較的大きな駅なのかな。いちおうバスターミナルがあるし、タクシー乗り場もある。タクシーは見当たらないけど。
ふと駅前のターミナルの向こうに、ちいさな事務所があって、その横にタクシーが一台止まっているのが目にはいった。事務所の看板には観光タクシーと書いてある。
(へえ・・・・ここはタクシーがいるんだ)
ふいに閃いた。
さっそく事務所のそばに行ってみると、なかにいた五十代半ばぐらいの男性もこちらに気がついた。
「今日はやってる?」
気の良さそうな運転手さんだ。
さっそく交渉に入る。
「大江山の八合目あたりまで行けるかなあ? この鬼嶽稲荷神社ってとこから見える雲海が見たいんだけど」
「行けるよ」
運転手さんはすでにスタンバイモードだ。
「いくらぐらいで行けるかなあ?」
「そやな・・・・・・だいたい1万ぐらいやな。なるべく料金が上がらないようにするから」
交渉成立♪
タクシーは抜けるような青空の下を快適に走り出した。
大江山の登山口は大江山口内宮駅より宮津寄りに位置する。ようするに来た道を戻るかっこうになるんだよね。
内宮駅を過ぎたあたりから、しだいに鬱蒼とした緑が濃くなってゆく。
ぽつん
ぽつん
「雨?」
フロントガラスに水滴があたる。と、思ったらいきなりザーっと降ってきた。
「こりゃ降ってきたなあ・・・駅前はあんなに晴れてたから傘も持ってこなかったわ」
雨脚は激しくなる一方。
山の天気は変わりやすいとは、よく言ったよね。
ま、降ってきたものはしょうがないか(笑)。
窓の外を眺めていると、ロッジや博物館のような建物が見えた。
「あれは日本の鬼の交流博物館といって、いろんな鬼についての総合博物館や」
「そういえば、道路沿いにずっと鬼がいるね」
沿道には一定間隔で、まるで道案内をするかのように赤鬼だの青鬼だのが立っている。
「あれは町輿こしや。もうずいぶん前の話やけど、竹下総理が各市町村に均等に一億円を配ったことがあったやろ。そんときの金を、ここでは鬼関係の公園だの資料館だのを作るのに使ったんや。鬼で町興しするゆうてな」
そういえばそんな話もあったな。あの時は、ずいぶん使い道に困った自治体もあったっていうよね。
「もうすぐやで」
いくらもたたないうちに、タクシーは鬼嶽稲荷神社の社務所の前に止まった。
すぐ目の前にちいさな社がある。
「傘もってこなかったなあ」
運転手さんが心配そうにそう言ってくれた。
「だいじょうぶ。社の中に入ってしまえば濡れないし。15分ぐらいで戻るから」
「20分でも30分でもいいよ。メーター止めておくから」
謝謝♪
タクシーのドアをあけると、ほんの一瞬雨が止んだ。が、それもほんの2、3分のこと。
お目当ての雲海はおろか、叩きつけるような豪雨で景色どころじゃない。
最後の最後にどしゃぶりだなん、まったく・・・・・。
あわてて社の軒下に駆け込むと、髪の毛についた水滴を払った。
不思議な気がした。
なんともいえない奇妙な感覚がこみあげてくる。
雨脚はいよいよ激しさを増していた。
山全体がけぶったように白くなっている。
せっかく来たんだし、この大江山の気を感じてみようと思った。
ゆっくりと目をとじる。
一瞬雨音が途切れ、あたりは静寂に包まれた。
ふいに巨大な螺旋状のエネルギーが現われた。
――龍!
龍は一瞬体をくねらせたかと思うと、私の中に飛び込んできた。
アタマの中が真っ白になって、時間も景色も吹き飛んだ。
会いたかった・・・・!
歓喜。
そう・・・・・・歓喜としか言いようのない波動が大江山全体を飲み込んだ。
エピローグ
大江山のホームで電車を待っていると、ゆっくりと雨雲が近づいてきた。
ホームに特急が入ってくる。
かすかに雨の気配がする。
後ろ髪を引かれる思いで電車に乗り込むと静かにドアがしまった。
ぽつん
ぽつん
車窓から外を見ると、雨が降りはじめていた。
森も田んぼも、雨に白くけぶってゆく。
空全体が歓喜の思いであふれている。
こうして二泊三日の丹後の旅は終わりを告げた。
5月21日 丹後旅行記(5/17〜5/19) 中編
きのうの「その2 神社廻り」の続きです☆
というわけで峰山駅で天橋立行きのタンゴ鉄道をのんびりと待つことにした。
ホームからの眺めはあいかわらずのどかな田園風景が広がっていて、聞えてくるのは鳥の声だけ・・・・のはずだったんだけど、いきなり大音響のロック系の音楽が・・・・。
(え?)
思わず耳を疑うわたし。駅前に止まっている車のステレオの音だろうか? それにしちゃ音が大きすぎる。おまけにあまり歌はうまくない。
・・・・まさか駅前でカラオケとか・・・・?
よくうちの近所の駅では休みの日の夕方になると、音楽を志すひとたちがギター片手に歌っているけど、これも同じかな。
ギターじゃなくて、カラオケっていうのがミソだけどなあ。
うるさいなあ・・・・と思いつつ、いつのまにかしっかり聴きいってしまった(爆)。だって、ノリがいい曲なんだもん。
そんなこんなで電車がホームにはいってきた。
一両編成の電車はなんだかすごくかわいい♪ 乗車の際、整理券をもらって降りるときにお金を払うシステムなんだよね。
はじめてこの手の電車に乗ったのは、去年奈良に行ったときだったんけど、最初は戸惑ったなあ。駅で切符を買ったのに、なんで整理券が必要なのかわからなかったんだよね。今回タンゴ鉄道に乗って、はじめて整理券が必要な理由がわかった。券売機もない無人駅が多いのがその理由だったんだね〜。
さて20分も電車に揺られているうちに天橋立駅に到着。
駅前でタクシーを拾い、元伊勢籠神社へ。
籠神社前でタクシーを降りると、最初に目に入ったのは観光バスと団体旅行客。
その賑やかさに目が点になる(苦笑)。
さすがに有名どころだけあるなあ・・・・。道路をへだてて反対側は天橋立の遊覧船乗り場だし、観光の一環としては、けっこうポピュラーな場所なんだということを実感。
鳥居をくぐり境内にはいると、やっぱり団体さん御一行がいらっしゃる。
本殿を素通りして、いったん東側の門から路地に出た。ここから15分ほど歩くと、籠神社の奥宮である真名井神社がある(らしい)。籠神社の賑わいとはうって変わって、真名井神社に続く小道はひっそりとしていた。たぶん籠神社の境内が天橋立を見下ろす松傘公園行きのケーブルカー乗り場への通り道だから賑やかなんだろうな。
籠神社はその昔、崇神天皇の時代に天照大神のご神体が丹波の吉佐宮(真名井神社のこと)に降りて、一時この土地にとどまった事から聖地として天照大神をお祭りするようになったんだとか。その後、時の斎宮が天照大神のご神体を祭るために最適な土地を探しながら各地を点々として、最終的に伊勢神宮の地に納まったんだって。そういう経緯があるため、元伊勢と呼ばれているんだそうな。
のどかな路地を15分も歩くと、大きな鳥居が現われた。鳥居をくぐり、うっそうとした森の中の参道にはいる。
いつも思うのだけど、鎮守の森とはよく言ったもので、神社がある場所って、手つかずの自然が残っているよね。森林浴効果は抜群だと思う。
森の空気をいっぱい吸いながら歩いていると石段が見えてきた。
石段のすぐ左手には「天の真名井の水」と呼ばれる湧き水がある。霊験あらたかな水だそうで、ちょうど近所のおばちゃんが水汲みに来ていた。このへんのひとはそのあたりのことをどう思っているんだろうと、ふと聞いてみたくなった。
「こんにちは〜」
おばちゃんはポットに水を入れつつ顔をあげた。
「こんにちは」
おばちゃんはわたしの顔をまじまじと眺めながら、
「あんたどこから来たん?」
「東京から」
「ずいぶん遠くから来たんやね」
「ここの水って、何か体にいいのかなあ? 神社でもらったパンフに書いてあるんだけど」
「体にいいかどうか知らんけど・・・お茶は美味しいなあ」
どうやら霊験はともかく、地元では美味しい水で通っているらしい。このおばちゃんは毎日、お茶用のお水を汲みに来るんだって。
ひとしきり世間話をしてから、おばちゃんと別れて境内に続く石段を登る。
あまり広くない境内はうっそうとした森に囲まれていて、真ん中に本殿があり、その背後に磐座と呼ばれる大きな石と大木が祭られている。境内を取り巻く森は禁足地といって、決して足を踏み入れてはいけない場所なのだそうだ。
どこかでセミの声が聞える。
誰もいない境内は静かで、とろりとした気配もあいまって、なんとも心地よかった。
森の気配をしっかり堪能して真名井神社をあとにした。
どのぐらい時間がたったのか、いつのまにか日が西に傾きはじめていた。
近くの茶屋でぜんざいを食べつつ、今夜の晩御飯は何にしようか考える。今日泊るのは宮津のビジネスホテルなので、夕食は外でとることにしていたんだよね。この近所で食事をとっていると、6時の宮津行きのバスに間に合わないし・・・・。
結局、宮津まで出て、ホテルの近所の小料理屋さんを捜すことにした。
ところがいざ宮津のホテルの近くで小料理屋さんを捜そうとしたら、これがないんだよね。スナックとか何やら怪しげなお店とか、女ひとりで入るのは抵抗があるような店ばっかり。さんざん歩き回って、やっとラーメン屋さんを発見。お腹が空いていたから、とっても美味しかった♪
お腹もいっぱいになったし、ホテルでチェックインを済ますともう8時過ぎだった。
部屋にシャワーもついているけど、道路をへだてて隣の和風旅館の温泉が使えるというので浴衣に着替えて行ってみることにした。
ホテルの玄関で下駄にはきかえ、真正面の旅館にはいろうと思ったら、なにやら茶髪金髪のおニイちゃんたちが7、8人ほど目指す旅館の入り口にたむろしている。
(げっ・・・・)
中に入るには、かれらのど真ん中を通っていかなきゃならない。
入りにくいな〜。そんなとこに寝そべってないでよ〜。
引き返そうかと思ったら、不意にかれらのひとりと目が合ってしまった。
すると相手はにっこりと笑顔を浮かべて、
「あ、すいません」
そう言いながら、寝そべっている仲間をこづく。
「おい、お客さんだよ。通れねーじゃねえか」
唖然としていると、
「どーぞ。どーぞ。お風呂でしょ?」
と言いながら、スリッパまで出してくれた。
「あ・・・・ども」
ひとは見かけによらないもんだな〜。
というわけで、無事温泉にはいってきました。
☆といったところで、続きはまた明日〜♪
5月20日 丹後旅行記(5/17〜5/19) 前編
その1 間人の月
5月17日から二泊三日で京都・丹後半島に行ってきました。
丹後は京都の日本海に側に位置し、若狭湾の天橋立など観光名所がたくさんあるんだよね。
今回の旅の目的は丹後半島の先端にあるの間人(タイザと読む)で満月に祈ること。
間人はその昔、聖徳太子の生母である穴穂部間人皇后(あなほべのはしうど皇后)が政争を避けて、この地に滞在したという言い伝えのある場所なの。間人皇后が都に帰る際、滞在中の里人の手厚いもてなしに感謝して、この里を間人村(はしうどむら)と呼ぶようにとおっしゃったのだけど、村人は「はしうど」と読むのは恐れ多いので、退座にちなんで「たいざ」と読むようになったとか。
さてさて旅行初日。この日の天気は快晴。友人K氏の運転で、旅は快適そのもの。
途中、出石に寄ってお蕎麦を食べた。ふつうのざる蕎麦みたいなものを想像していたんだけど、出されたのはお皿にちょこっとずつ盛られた皿蕎麦。こういうお蕎麦を食べるのははじめてなので興味しんしん。とりあえず二人で15皿頼んだんだけど、あっという間に5皿追加。
あんまり美味しくて、つい食べすぎてしまう危険が・・・・(笑)。
昼食のあとは、K氏の要望の強かった白糸の滝を眺めてから、出石神社、天橋立、舟屋で有名な伊根町、経ヶ岬、浦嶋神社などを通って、間人に着いたのは夕方5時半。
ここで夕食を共にしたあと、K氏はふたたび神戸へと帰ってゆきました。
お疲れさまです。<K氏
さて部屋の窓から外を眺めると、ちょうど海とは反対側のせいか、小高い丘がよく見える。首をぐっとひねれば、なんとか海も見えるんだけどね。どうせなら海側の部屋がよかったな。
外はまだ明るいし・・・というわけで、ちょっとお散歩に出ることにした。
道路をへだてて、旅館の目の前が砂浜。
歩くたびにスニーカーの底がじゃりじゃりするなあと思いながら夕方の浜辺にでると、沖合いから吹きつける風が冷たい。
波打ちぎわには砂浜に刺した釣竿が点々と見える。夜釣りの準備かな。
沖に目をやると何艘ものイカ釣り漁船が浮かんでいる。
ふとセンチメンタルな気分になっちゃった。
いくら仕事とはいえ、なんだってこんなさみしい場所にひとりでいなきゃいけないんだかな〜。
できるなら誰か代わりにやってくれないかな。
おまけに自腹だし(爆)。
100メートルぐらい先の波打ちぎわに、立岩と呼ばれる巨大な岩が見える。
ふとそばまで行ってみたくなった。
いまわたしが立っている砂浜は防波堤の上。その下の砂浜とは50センチぐらいの段差がある。だんだん立岩に近づくにつれて段差が大きくなっていくように見える。向こうにいくと段差がありすぎて、波打ちぎわに降りられなくなるかなと思って、50センチほどの段差をぴょんと飛び降りた。ちょっと湿った砂の感触が心地いい♪
足取りも軽く、ひたすら波打ち際を歩いた。これが思ったより遠いのか、いくら歩いても着かない。
いつのまにか防波堤は見あげるほどの高さになっている。おまけに防波堤と波打ちぎわの間が極端に狭くなってきたうえに、砂浜の傾斜がきつくなってきた。・・・・っていうか、どう見ても砂浜じゃないよ、こうなると。
防波堤の壁に張り付いた砂って感じで、その下には砂を削るように波が打ち寄せてくる。かろうじて巾20センチ、高さ1メートルほどの砂の上に立っているかっこうだ。それがどんどん狭くなってくる。
なんとなくヤバいかなあ〜と思った頃には時すでに遅し。すでに足場はスニーカー一足分だけ。
おまけにとっぷりと日も暮れて、あたりが薄暗くなってきた。
沖合いのイカ釣り漁船の明かりがやけに明るい。
どうしようかな・・・・立岩まで、あとちょっとなんだけどな・・・・。
防波堤にへばりつきつつ、先に進もうか戻ろうか迷った。
と、次の瞬間、足もとの砂がズズーっと崩れ落ちた。
(げっ・・・・!! お・・・落ちる〜!!)
そこに波が・・・・!
夢中で防波堤につかまって事なきを得たものの、波が引くのを見計らって、あわてて来た道を全速力で戻った。
安全な広い砂浜まで戻ると、なんだか急に力が抜けちゃった。
ジーパンの膝から下は砂だらけ。濡れなかっただけましか(爆)。
そんなこんなで旅館に戻って温泉にはいった。
やっぱり天国だよね。
おまけに時間が遅いせいか、大浴場は貸切状態(笑)。
ゆっくりお湯につかって、心も体もあったまった。
部屋に戻り、ほてった体を冷やそうと思って窓を開けると、真正面に白い月があった。
絹糸のように透明な月の光が、静かに部屋のなかに差し込んでいる。
一瞬、言葉がでなかった。
あ・・・・
思わず膝をついた。
この月――。
このためだけに、この地に来たのだから。
その2 神社廻り
さて無事メインイベント(?)も終えて翌日は半日、間人でのんびり過ごした。
立岩と竹野神社を散策したあと、きのう車の窓から見えた街道沿いの石の鳥居が気になっていたので、とりあえずそこに行ってみることにした。
立岩から歩くこと30分。
石の鳥居をくぐると、苔むした石段が続いている。ずいぶん荒れた感じの石段だなあ。
名前も知らない神社だけど、なぜか気になる。いちばん上まで行くと小さなお宮があった。
何気なく振り返って、思わず声をあげた。
それは何度も、瞑想のときに見た光景だった。
眼下に広がる、こじんまりとした間人の集落と漁港。その景色に、遙か古代の間人の里の景色が重なる。
ときどき瞑想で古い時代の風景を見ることがある。その時の感覚って、すごくリアルなんだよね。足もとの草を踏みしめる感触や土の匂い、陽射しが肌をじりじりと焼く感覚・・・・すべてが現実とまるっきり同じように感じるの。
時を経て風景は変わっているけど、わたしが何度も見た場所はここだったんだと思った。
ああ・・・そうか・・・・。
何が「そうか」なんだと聞かれると、うまく答えられないんだけど、自分のなかでストンと落ちるものがあった。
感慨にひたりつつ、ふとおなかが空いているのに気がついた。
色気より食い気(違)。
石段に腰を下ろすと、さっそく近くの商店で買ってきたおにぎりをほおばる。
ああ・・・・しあわせ〜。
緑の木々に囲まれて、鳥の声を聞きながらお昼だなんて最高の贅沢かも。
帰りぎわ、入り口で神社の名前を確認したら三柱神社と書いてあった。
このあとはバスで峰山まで出て、タンゴ鉄道で天橋立に向かった。
時間もあることだし、天橋立にある籠神社へ行ってみようと思ったの。
別にわたしは神社廻りの趣味はない。ないんだけど、呼ばれたりして結局行くはめになることが多いんだよな〜。
☆といったところで、続きは明日〜♪
4月14日 かぐや姫異譚
夢をみた。
なぜかそこは月の宮殿の大広間。
磨きぬかれた虹色に輝くクリスタルの床のところどころに、やはりクリスタルの太い柱があって、それが遙か天まで届くんじゃないかと思われるほど高い天井まで伸びている。
そこに薄絹を羽織った優雅な姿の天女たちやどこかのお寺の門によく置いてある神将像に似た姿の人々が大勢いた。
そして広間の中央よりすこし奥まったところに、一段高くなっている六角形の座布団の形をした玉座があり、そこに月の女神とおぼしき女性が座っている。
(かぐや姫だ・・・・・・)
即座にそう思った。
するといつのまにやら、わたしがかぐや姫とおぼしき女神そのものになっている。
なんせ夢だからね(笑)。
かぐや姫の視点で広間を見渡すと、美しく着飾って、ただそこで優雅に舞っているように見えた女官や衛視たちが、じつは忙しく働いていることに気がついた。機を織る者やら書き物をしている者、広間の床を磨いている者、そうかと思うと銀色のUFOの剥げた塗装を塗りなおしている者など、それこそみんな優雅な芸術家のような手つきでひたすら働いているのだ。
は〜どうやら夢の中の月には、いわゆるブルジョア階級というのは存在しないらしい。働かざるもの食うべからずという理念が厳然と機能しているのには驚いた(夢の中でおどろくな)。
誰ひとりとして遊んでいる者はいない。
感心しながら、ふと気がついた。
いた!
たったひとりだけ、暇をもてあましている人物が・・・・・・。
そう、かぐや姫そのひとだ。
かぐや姫の視点に戻ると、かぐや姫は玉座にすわったまま、遙かかなたまで見渡すことができるらしい。
宮殿の外には見渡すかぎりの白い砂と透明な水が流れていて、女たちが水汲みをしている。やがてかぐや姫の視線は頭上の地球に移った。広大な海やどこまでも続く森。畑を耕す農夫やかまどに薪をくべる女の姿。やがてかぐや姫の瞳はちいさな漁村をとらえた。
ふとその瞳が一点に釘付けになった。
小舟に乗った若い漁師が魚を釣っている。
ふいにかぐや姫が立ち上がった。
騒然とするお付の女官や衛視たちなど歯牙にもかけず、かぐや姫はひょいと玉座を降りると、まっすぐにバルコニーに出た。いつのまにもっていたのか、丈夫そうなロープをバルコニーの端にしっかり固定すると、レンジャー部隊よろしくするすると降り始めた。
かぐや姫の気持ちがわたしの中に飛び込んできた。
(わたしも、あの魚を釣ってみたい!)
そこで目が覚めた。
なんだか朝起きて、ひとりで笑ってしまった。そりゃ嘘だろうって。
ひとしきり笑ってから、ふと思い出した。
そういえばまだ学生の頃、わたしはサハラの村で井戸を掘りたかったんだっけ。
学生の頃は誰でも将来何になりたいかとか、どんな職業につきたいかとか考えるよね。わたしの場合は、海外青年協力隊に参加したかった。安全な場所で企画に参加するのではなく、現地で汗水流して井戸を掘ったり学校を造ったりという、最前線の一兵卒という生き方がしたかった。
でも健康チェックでにべもなく落とされた。じゃ技術職なら・・・・ということで、臨床検査技師の資格を取って医療スタッフとして現地に行こうと思った。一応キャリアが必要ということで、何年か医療現場で働いたのち再びトライ。以前腎臓病を患ったことがあって、病歴のところで引っかかってまた落ちた。
正直に言えば、わたしは必要とされたかったんだと思う。そして自分の働いた結果を手ごたえとして感じたかったんだよね。その手段として、ひとによってさまざまな職業を選ぶのだろうけど、わたしの場合はそれが海外青年協力隊だったんだよね。
でも仕事にはやっぱり向き不向きっていうのがある。
道が完全に閉ざされたと知ったとき、大酒くらってグチをこぼしていたら、友達にこう言われた。
「気持ちはわかるけど、あんたには無理なんだからあきらめなさい。わざわざ海の向こうに行かなくたって、この場にいてもできることはたくさんある。あんたの書いた詩や絵でも、もしかしたらひとりぐらい救われる人間がいるかもしれないじゃん」
その時、そうかもしれないけど、わたしは絵も詩も興味ないよ、と心の中で叫んでいたっけ。
その後紆余曲折があって今の仕事についているけど、今でもときどき遠い砂漠の熱風を思い出す。
でも後悔はしていないかな。
当たって砕けるまでは頑張ってみたし、あの頃望んだことを、今わたしは形を変えてやっているんだと思う。
かぐや姫も遠い地球で自分の望んだ生き方をしてみたかったのかもしれない。
結果、それは挫折したけれど、その経験があって、はじめて本当の意味で月の女神として心から納得して働けるのかもしれないよね。
それにしても、地球に飛来できるほどの超能力(?)をもったかぐや姫が、なんでロープみたいな原始的な方法でバルコニーから降りるんだろうね(←だから、夢だってば。夢)。
4月4日 人生という名の旅
先日ひさしぶりに昔の遊び友達と会って話していたときのこと。
「キョーコはいいよね〜」
「なんで?」
「だってさ、結婚して子供もいるのに、好きなことを仕事にして、しょっちゅうあちこちでかけてるし」
この彼女、大手企業に勤めるご主人と小学生と中学生のふたりの子持ち。おまけにこの不況の時代に働く必要もなく、毎日お稽古事だのなんだので遊びまわっている有閑マダム。
「みーちゃんだって好きなことしてるじゃない」とわたし。
「う〜ん。でもね・・・なんていうかさー不自由なんだよね。うまく言えないんだけど、主婦としての自分の行動範囲みたいなのがあって、それを越えない範囲で遊んでるっていうのかなあ。やっぱり気持ちが独身の頃と違うっていうかさー。ダンナに気兼ねもするし・・・。わたしの人生なんなのって感じ。あー自由になりたいなー」
彼女の横顔を見ていたら、ふと結婚したばかりの頃の自分を思い出した。
若い頃のわたしは、ひとりでいるときはやりたいと思ったことは何にでもチャレンジしたし、たぶんひとからはすごく自由に生きているようにみえたと思う。ところがこんなわたしが恋人とか自分にとって大切な相手ができると、とたんに身動きがとれなくなってしまうのがいつものパターンだったの。たとえば友達に飲みにいこうと誘われても、恋人がいやな顔をするかと思うと、本当は行きたいんだけど、断ってしまうわけ。
そんな性格だったから、結婚生活の悲惨さはそりゃそーとーなものだった(笑)。おまけに結婚した相手、つまり今のダンナは束縛したいタイプのひとだったから本当に籠の鳥状態。
だってね、子供が1歳ぐらいの頃だったかな。近所の公園仲間にお昼にマクドナルドに行こうって誘われたんだけど、わたしはダンナに黙ってマックに行くことができなかったの。もちろんダンナは仕事中だし、マックぐらい行くななんて言うわけないんだけど、わたし自身がどうしてもマックに行くことに抵抗があるわけ。じゃ、行かないという選択に納得しているのかというと、ぜんぜん納得していない。心の中は束縛感や窒息感を感じているんだから。
これを話すと、今のわたししか知らない友達はみんな信じられないって言うけど、ほんとの話。
自分の人生を生きたい――いろんなことがあって、わたしはすこしずつ自分を変える努力を始めたの。
手はじめに実行したのは友達と子連れでマクドナルドに行くこと。
いや・・・笑っちゃうけど、はじめてこれを実行したときは本当に苦しかった。
いま思うと、あの頃のわたしは自分で自分に足かせをつけていたんだよね。
どんなに愛していると言われても、自分には愛される価値なんかないと、かたくなに思い込んでいたから相手の言葉が信じられなかった。結婚するしないに関係なく、誰かと付き合うたびに、いつかこのひとを失うんじゃないかと、いつも心のどこかで怯えていたんだよね。だから相手の意見に逆らえなかった。わたしが自分の意志をもって生きようとすれば、見捨てられてしまうような気がしていたんだよね。
マクドナルド行きを実行して、すこしずつ自分が変わっていった。
ちいさな一歩。
でも、わたしにとっては最初の一歩だった。それは自分の中のトラウマとの決別を意味していたから。
自分を愛するって難しそうに見えて、本当は単純なことなんだよね。ダンナ以外のひととマクドナルドに行けるようになった自分をちょっぴり好きになる。こんなちいさなことの積み重ねなんだよね。
ひととのかかわりがわたしの人生の大きなテーマだったんだと思う。ひとりで自由に生きるのではなく、ひとと深くかかわりながら、なお自分の人生を生きること。何度も不安と孤独の恐怖という揺り返しに苦しみながらも、10年以上の歳月をかけてゆっくりと今のダンナとの信頼を築いてきたと思う。
わたしも、そしてダンナも変わった。
いまはとても自由な心でいられる。それは深い信頼の上に立った自由だから。
ひとが本気で何かをしようとしたとき、いちばん大きな抵抗勢力はまわりの人間ではなくて、ほかならぬ自分自身の心なんじゃないかな。不安や恐怖やトラウマや、愛をじゃまするさまざまな要素があるけど、それがどんなに大きな足かせであっても生きようという意志がある限り、必ず乗り越えてゆけると思う。
もしも今、自分の人生に納得していないなら、もういちど自分の気持ちを振り返ってみるのもひとつの方法かもしれないよね。そこには、さまざまな理由であきらめてしまったことや壊れた夢の欠片がころがっているかもしれない。
それをガラクタのように捨ててしまったのは、ほかでもない自分自身なのだとしたら、本当に大切なものをもういちど見つけだすことも、きっとできるよ。
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