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Diary 3 (’03.3.7〜3.21)


3月21日 「心に笑顔を」
アメリカのイラク攻撃が始まったね。
きのうテレビに映っていたバグダッドの市街の映像を見ていたら、ふいに胸がしめつけられるような気持ちになって、涙がでそうになった。悲しみの感情に一瞬引きずられそうになりつつも、このときわたしが思ったのは「あれ?」という感覚。
今自分が感じているのは自分自身の感情なのか、それてもテレビ画面から流れ込んでくる多くの人々の悲痛な感情なのか、どちらだろうと思ったわけ。

ひとの感情を感じやすい人間というのは確かに存在していて、こういう人たちはとても心根が優しくて他人の心に共感することができるんだよね。これがもう少し強くなると、意識すればひとや動植物の心を読めるようになるわけなんだけど欠点もある。
自分の心を冷静に見つめて余計な感情を切ってゆくことができないと、むやみやたらと他人の感情を拾ってしまうんだよね。こういう能力は一部の特別な人間だけが持つように思われがちだけど、じつは誰でも多かれ少なかれ無意識に他人の感情に影響されていることがままある。

そのいい例が今回の戦争。世界中の多くのひとびとが、イラク攻撃に対して怒りや悲しみ、あるいは現地の人々の心を思うとき、深い痛みを感じていると思う。これはとても大きな集団想念ってやつにまで膨れ上がっているように感じる。わたしのような敏感なタイプの人間には、テレビの画面やイラク攻撃のニュースを聞くだけでその後ろにある無数の人の巨大な感情の渦を感じてしまうからよくわかる。
問題なのは、多くのひとが自分では気がつかずにこのネガティブな感情に巻き込まれていること。そして、それがまたネガティブな感情の渦を巨大化させているってこと。怒り、悲しみ、痛み、etc. すべてネガティブな感情は、まるでブラックホールのように人の心を飲み込んでゆく。戦場の狂気や群集心理ってあるでしょ? それもこうした集団想念に個人が巻き込まれた結果だと思う。

反戦運動も平和の祈りもいいけど、心の持ち方しだいで逆にネガティブな感情の増産になるってことに気づいて欲しい。
テレビを見て悲しみを感じたら、一呼吸おいて、これは本当に自分の内側からくる感情だろうかと冷静に眺めて欲しい。じっと胸の辺りを意識しながら、「悲しみ」の感情を観察してみて。それが外から入ってきた感情だと気がついたら、バシっと感情を断ち切って、自分自身の心の中に愛や優しさや慈しみを満たしてあげて。
もしもあなたがイラクの人々のことを思うなら、悲しみではなく愛と喜びをあなたの心の中に満たしてから、その心でかれらを抱きしめてあげて。
ネガティブな感情がこれほどまでに大きな影響力をもつのなら愛と喜びの感情も同じ。
世界中のひとの心が愛で満たされたなら世界は変わる。
もしもあなたが母親ならわかるでしょう?
あなたが泣けば、子どもも泣く。けれどあなたが笑えば、泣いていた子どもに笑顔が戻る。
反戦デモだけがすべてじゃないよ。
決してひとは無力ではないよ。
この場にいながら、あなたの愛は世界を変えてゆく力があるんだよ。
こんなときだからこそ感情に流されず、しっかりと自分の心をコントロールしてみてください。

3月18日 「満月の魔法」
目をとじて 思い描いてごらん
青い青い 地球の姿
両手を広げて 抱きしめてごらん
まるくて青い ちいさな惑星

どこまでも広がる青い空
故郷を目指して舞う渡り鳥
青い月夜の草原で 母親の胸で眠るライオンたち
雪に覆われた大地を割って やわらかな芽をだす雪割草
遙かな風を追いかけて、砂漠を旅をするキャラバン隊
誰もがちいさな この星の子供
思い出して 命の惑星

目をとじて 思い描いてごらん
青い青い 地球の姿
あたたかな その手のひらで包んでごらん
まるくて青い ちいさな惑星

いまだけでいいよ
悲しみも苦しみも かたわらに置いて
愛の女神になってごらん
涙ではなく 怒りではなく
最高の笑顔を浮かべて 愛しいわが子を抱くように
ちいさな地球を 
柔らかなその手で包んでごらん

ほら 光が溢れてくるよ
地球が金色の光を放ちはじめるよ
鳥もライオンもこの手の中でゆっくりと眠れ・・・・

宵は満月
だれもがきっと女神になれるよ・・・・・


3月16日 「満ちてゆく月に思うこと」
このところちっともHP更新ができていなくてすいません。
とりあえずヒーラー養成講座のほうは☆を使ってのセルフヒーリングまでもって行ったところで一段落です。追って他者ヒーリングの方法などをアップするつもりではいますが、いちばん基本になる胸に☆を描く方法さえマスターできれば、家族や友人などに対するヒーリングは90パーセントできたも同然です。焦らずゆっくりとエネルギーを充電しながらマスターしてください。
キョーコとしましても、この方法を公開できたことで、ちょっと気が抜けたというか、ほっとしてしまって(笑)。

エネルギーの類に敏感な方は気づいているかもしれませんが、最近光のエネルギーが大幅にアップしましたね。光を扱う仕事をしていると、そうした変化をもろにかぶってしまうことも多くて、つい先日久しぶりに40度近い熱を出しました(笑)。
熱のほうはおかげさまで一日で平熱に戻りましたが、寝ている間いろんなことを考えました。
夢かうつつか、たくさんの不思議で神秘的な光景も見ました。

日本の古事記をはじめ、インドのリグベータやギリシャ神話など世界にはさまざまな神話や伝説が残されていますよね。それは人間の本質を突いた原型の物語であったり、一部史実が含まれていたものであったり、神話の解釈はそれこそ研究者によってさまざまですが、ひとつだけ確かなのは、神話はたんなる無意味な作り話ではないのだということでしょうか。
世界各地に散らばる神話を集めて、読み比べてゆくと実に多くの共通点が見えてきます。アジア諸国や沖縄に伝わる神話などにははっきりと洪水伝説が見受けられます。洪水伝説といえば有名なのはノアの大洪水の物語ですよね。
神話はある程度、その民族のカラーが盛り込まれていますから、そのまま100パーセント鵜呑みにすることはできませんが、世界の謎を解く手がかりの一端にはなるのではないでしょうか。
古代の人々は何を思って神話を残し、わたしたちに何を伝えたかったのでしょう?
わたしたちはもっと謙虚になって、文明が始まる以前の、遠い古の時代の声に耳を傾けてもいいのかもしれません。

そして今思うことは、何が起ころうと最終的にはそれが良い結果に変わるということです。
なぜならもしもこの世界を創った「なにか」あるいは「何者か」が意志をもった存在であるなら、その心に深い、限りなく深い愛を感じるからです。キョーコはそれを神々と呼びますが、神々というネーミングにこだわらなくてもいいんです。宇宙の意志、自然への畏怖、な・に・か・・・どんな呼び方をしてもいいと思うんです。

身近なことでいえば、キョーコがHPを立ち上げる前に何回かヒーリングさせていただいたお子さんがいます。重度のアトピーでしたが、数回のヒーリングですっかりきれいになりました。でもアトピー完治以上にその母子にとって大きかったのは、心の問題でした。子供のアトピー症状を治す過程で、母親も子も自分自身の心を見つめる必要性に迫られたからです。母親の側の子供に対する過剰な期待と干渉、それは親である彼女の心の奥で泣きじゃくっている幼い子供のままの彼女自身の精一杯の自己表現だったんです。きっとお子さんのアトピーということがなければ、彼女が自分自身の心を見つめてゆくのはもっと先のことになっていたかもしれません。

こんなふうに考えてゆくと苦しみの元凶に思える病気もまた、より良い状態に変化するためのきっかけなのだと思えてなりません。目に見える物事にとらわれ過ぎると、ひとはしばしば道を見失います。
物事それ自体には幸不幸はありません。ただ厳然と事実が存在するだけです。それは、死さえもそうなのだと思います。
それを意味づけしてゆくのは人間です。あたえられた物事や環境をプラスに転換してゆけるかどうか? 
わたしたちを取り巻く目に見えない気というかエネルギーが大きく変動してゆく中で、あらゆるものが目に見える形で変動してゆくでしょう。問題を先送りすれば、それだけ問題解決に要するエネルギーがより多く必要になります。

どうぞ変化を恐れないでください。
そして変化が起きたときは、潔くそれを受け止めてください。
だいじょうぶ。
恐れることはありません。
その渦中で、ひととして出来うる限りの愛の心をもってください。
ひとりひとりのそうした心が、より多くのひとの心を救うでしょう。
あなたもわたしも、すべてのひとが大切な存在なのです。
それぞれがそれぞれの方法で輝けばいいのですから、ひとを気にすることなく、どうぞ自分の力を信じて日々を歩まれてください。

そして・・・・・夜空に輝く美しい月を見たら思い出してください。
人間もまた大いなる自然の一部なのです。
あなたはひとであると同時に、大地であり、空であり、足元のちいさな雑草でもあるんです。
あなたが悲しむとき、その心はさざ波のように空や大地に伝わってゆきます。
そしてかれらはかぎりない愛とともに、かすかにいらえを返してくるでしょう。
そう・・・わたしたちは決して孤独ではないんですよ。
なぜなら――
わたしたちは、この世界に抱かれた大切な赤子のひとりなのですから。

3月7日 「原点
ちょっとこのコーナーをサボっているうちに早いものでもう三月。
今日はひさしぶりにふだんあまり行かない家から少し離れた本屋までいってきました。雨の中、のんびりと田んぼのあぜ道を歩いていると、色鮮やかな紅梅を見つけました。雨に濡れそぼった、濃いピンクの花びらがなんともいえず美しい。足もとに目をやれば道端の雑草も雨に濡れて、心なしか生き返ったような色をしていました。

そういえばずいぶん昔、ある年配の方にこんなことを言われたことがありました。
「あなたは葉っぱに落ちる雨の音と、道端に落ちる雨の音の違いがわからないでしょう」

その当時のわたしは良くいえば向上心がある、悪くいえばワーカホリックといった状態で、仕事もそれなりに成功していたにもかかわらず、常に何かに追い立てられているような焦りを感じていました。どれだけ仕事がうまくいっても、ひとに褒められても、心のなかはいつも空っぽだったんだよね。だからそのむなしさを埋めるために、がむしゃらに働いたんだと思う。
今でこそこんなに穏やかだけど(笑)、あの当時は気性も激しかったから、よく議論にもなった。わたしはもともと論理的に物事を考えるのが好きなほうだから、たぶん非の打ち所のない正論を言っていたと思うんだよね。たいてい最後には相手は反論できなくて黙ってしまうことが多かったの。でもね、いま思うと議論で勝って、心で負けていたんだよね。

どんなに正しいことを言っていても、その言葉に心がなければ何も生み出すことができないんだよね。いっけん確かに非の打ち所のない正論なのに、なんとなく違和感を覚えることってよくあるよね。それはそうした言動をとる根本の動機が「怒り」だからなんだと思う。
以前の自分がそうだったからよくわかる。原発反対・エコロジー運動・環境保全etc. こうしたものに少しだけかかわったことがあるんだけど、あの頃自分は正しいことをしていると信じて疑わなかったし、理論武装も完璧だった。でもわたしの場合は、自分自身に対する怒りとか虚しさとか、そういった感情が心の奥にたくさんあって、ずっとそうした感情から目をそらし続けていたんだよね。目をそらしていることにすら気がついていなかったかもしれない。根本の動機が自分に向けた怒りなんだから、争いを生むことはできても、それ以上のものを生み出すことなんてできるわけがなかったんだよね。

「ネバーエンディングストーリー2」は空っぽが世界を飲み込んでいくっていうお話なんだけど、その時主人公のバスティアンが空っぽの女王に言う言葉。
「あなたに愛を!」
それはあの頃のわたし自身に向けられた言葉そのものだったのかもしれない。

あれから何年もの月日が流れた。
いまなら道端の柔らかい土に落ちる雨音も梅の花びらを濡らす雨音もわかるよ。
この音を感じるために、ここまで歩いてきたんだと思う。

わたしに厳しい言葉を送ってくれた人生の先輩へ。
ありがとう。
心をから感謝をこめて。