HOME> プライベート☆ルーム >
Diary 10 気ままにエッセイ
12月31日 2004年の感謝をこめて
こんにちは。
さて今年もあと残すところ数時間となりましたね。
窓の外を見ると真っ白い雪景色です。
そろそろ日も暮れる時間なのに、年に数えるほどしか雪が降らないせいでしょうか。降りしきる雪のなかで子供たちの遊んでいる姿が見えます。
ちょっと振り返ってみると、今年もいろんな事がありましたね。
たび重なる台風の上陸や集中豪雨と洪水。日本列島各地やヨーロッパの猛暑。浅間山の噴火を皮切りに紀伊半島沖双子地震、新潟中越地方地震、釧路に留萌地方の地震、そしてインドネシアの地震と津波。政治、国際面ではイラクの暫定政権の発足やそれにともなう治安の悪化、邦人誘拐事件、北朝鮮の拉致事件の劇的な展開。中国の原子力潜水艦の排他的経済水域侵犯もありました。
地球という星の転換期をむかえ、あきらかに新しい潮流が動きはじめているのでしょう。
それはこの先、自然の猛威という形をとって、その全貌をはっきりとあらわしてくるかもしれません。
悲しいことですが、今回のインドネシアの地震とそれにともなう巨大津波では多くの方が命を落としました。
けれど、それでもわたしたち人間は前に進むしかありません。
ではどうしたらいいのでしょう?
この大きな流れを味方につける唯一の方法、それは感謝です。
――生きている
これ以上の幸運があるでしょうか?
さまざまな悩みをかかえながらも、いま生きていること、生かされていることに感謝できるかどうかが、この流れを味方につけることができるかの大きな鍵になります。
新しい年はさまざまな二極化が進み、さらに加速してゆくでしょう。
けれどわたしたち人間は大きな力をもっています。
それは愛すること、感謝すること、そして希望を生み出す力です。
ひとりひとりが感謝とともに身近なひとを愛する気持ちを思い出したとき、世界はどんなふうに変わるでしょう?
愛するひとが、ただ生きていてくれることに対する感謝。
そしてその笑顔を守りたい気持ち。
この世界は人間の思いから創られています。
あなたのすぐそばには何がありますか?
テーブル? パソコン? コーヒーカップ?
それらのものは、誰かがこんなものが欲しいと願い、それを具体的に思い描きながら設計し、製品としてこの世界に生み出されてきたものです。
つまり最初に熱い思いがあって、やがてそれが現実化されてゆくのです。
こんなふうにして人間は環境を変え、良くも悪くも世界を作り変えてきました。
近代にはいってからの文明の進歩のキーワードは欲望と消費だったのかもしれません。
それならば、ひとりひとりが感謝と愛に気づいたとき、世界はどのように変貌を遂げるでしょうか?
以下はインドの友人からのメッセージです。
キョーコ。
わたしたちは生きているよ。安心して。
今回の津波でわたしたちの国を含め、とても大きな被害を受けた。
でも本当に大変なのはこれからだ。
あと片付けや復興にともなう作業は困難を極めるに違いない。
それでもわたしたちは、いま自分にできることをやるしかない。
ゆっくりと、着実に、忍耐強く、だ。
すくなくとも、いま自分は生きている。
自分を生かしてくれたものたちのためにも、この命を精一杯使いたい。
そうですね。
いま、できることをする。
窓の外をみると、いつのまにか雪もやんでいます。
いつもサイトを見に来てくださっているみなさま、大切な友人や恋人・家族、そしていまはまだ出会っていないこの星に住むすべてのひとたちへ。
今年も本当にありがとう!
過ぎ行く年に心からの感謝を!
そして、希望に満ちた歓迎の意をこめて、新しい年に乾杯!!
11月25日 ヒーリングの本質
最近、ある友人からキョーコさんのヒーリングスタイル大好きと言われた。
こう言われると素直に嬉しい。
もっとも今のスタイルに落ち着いたのはここ1、2年ぐらいで、以前はもっとスピリチュアルな要素を前面にだしたやり方だった。
エネルギー系のヒーリングというのは、多かれ少なかれ外部の光エネルギーが関与する。その光エネルギーの質がクライアントの持つ生体エネルギーと大きな差がなければ、それほど強い好転反応は出ない。
ところがヒーラーの使うエネルギーの質が、人間のそれよりも細かくなってゆけばゆくほど好転反応の出方も激しくなってくる。
もともと好転反応というのは、光エネルギーを浴びることによって心の奥深くに住む魂が表面の自分に成長を促す結果、いっけんネガティブに思えるさまざまな変化のことだ。
これはそのひと自身の魂の導きと言い換えてもいい。
そしてじつはこれこそが精神世界でアセンションと呼ばれているものの正体でもある。
では心の成長とは何だろう?
それは自分のいい面も悪い面も含めて、自分自身をまるごと受け入れてゆくことなのだ。
たとえば姑がくれたプレゼントの包みをひらいた瞬間、「あまり趣味じゃないな〜」と思う自分。
近所の奥さんにごみの出し方が悪いと言われて「うるさいなあ!」と思ってしまう自分。
友人の成功を素直に喜べず、心の奥で嫉妬している自分。
そういう自分を「情けないな〜」と批判している自分。
あげてゆけばキリがない。
ありのままの自分を許す、愛する、受け入れるというのは、じつは思いのほか難しかったりする。
ヒーリングを受けると、魂は「自分の否定的な部分と向き合いなさい」と促し始める。
結果、どんどん自分のなかのネガティブな気持を見せ付けられるはめになるわけだ。
だが何度でも言うけど、心の成長にはこのプロセスを避けて通ることは不可能だ。
なぜなら自分自身と向き合うことが成長の第一歩だからだ。
つまり、ヒーリングの効果を最大限に発揮するには、いかに好転反応という与えられたチャンスを生かしてゆくかに尽きるといっても過言ではない(お。
というより、ズバっと言っちゃえば、「ヒーリングの本質は好転反応にあり」なのだ。
よくヒーリングを受けたけど何も変わらなかったという話を耳にする。
よくよく聞いてみるとそういう場合は、ただヒーリングエネルギーを受けっぱなしで、心理指導はほとんどなかったというのがほとんどだ。
それじゃあ変わるわけがない。
いや、正確には緩やかに変わっていっているのだ。
変わってはいるけど、成長速度がごく普通の日常のそれと同じなので、変化がわからないというのが実情だと思う。
サーフィンってあるよね?
わたしはやったことがないんだけど、サーフィンも上手に波に乗るにはそれなりのテクニックが必要だよね。
心の問題もそれと同じで、ネガティブな波、つまり成長のチャンスの波がきた時には、それ相応のテクニックが必要になってくる。テクニックなしで、いきなり大きな波にのれば、そりゃツライのは当然だ。
というわけでセッションでは好転反応をクリアするために様々な心理療法的なテクニックを使っている。
エネルギーヒーリングじたいは最初の頃なら、同じ空間にいるだけでじゅうぶんだ。
むしろセッション内容は心理指導、つまり自分自身の心と向き合ってゆくための具体的な方法についてがメインになってくる。もちろん次回までに取り組んで欲しい課題も出す。
そんなわけで、普通のヒーリングを想像していると、かなりイメージが違うかもしれないなあ(笑。
そして認知療法・フォーカシング・イメージワークなど、必要に応じて使い分けつつ、それぞれのペースで自己成長を目指してもらう。
ありのままの自分を受け入れてゆく。
さらによりクリエイティブな創造力を育ててパワフルに人生を切り拓いてゆく。
ヒーラーという言葉は優しいイメージがあるよね。
でもこれからの時代に必要なのは、強さに裏打ちされた優しさじゃないかな。
なのでわたし的には、いま育てようとしているのはヒーラーよりも魔女に近いかも(爆。
強く、優しく、たくましく。
客観的な視点をもちつつ、自分の感情に素直に生きる。
年明けあたりから魔女養成講座(全15回予定)の生徒募集を開始する予定(笑。
興味のある方は楽しみにしていてくださいね〜♪
とりあえず次のエッセイは「客観的な視点と感情の深みを味わう」というテーマでお送りします♪
9月9日 風水害と地震
このところ地震、台風などの災害続きの日本列島だが、みなさまはお元気にお過ごしだろうか?
こう立て続けに自然災害が続くと、ふだんは何も考えずにのんきに暮らしているひとでもいろいろ考えるのだろう。
最近は友人たちと顔を合わすたびに、異口同音に最近の気象状況についてどう思うかと聞かれる。
どうもこうも・・・・・わたしは気象予報士じゃないからわからないよと答えるのだが、たしかに今年は例年とくらべて台風の進路がへんだ。
先日の紀伊半島沖地震もあいまって、なんとなく人々の心の根底に不安が広がっているようにも見える。
そもそも地震や台風がおきると、ひとはなぜ不安になるんだろう?
自然の脅威にさらされることによって、それまで送ってきた平穏無事な生活を失う可能性への恐れだろうか?
そして最終的には動物としての本能、つまり死への恐怖がよぎるせいかもしれない。
死への恐怖といえば、以前ある方からこんな話を聞いた。
癌ノイローゼという言葉を聞いたことがあるだろうか?
これは自分が癌かもしれないという不安で夜も眠れなくなってしまう一種の神経症だ。当然彼女はあちこちの病院に通っては検査を受けるのだが、医者は口をそろえて癌ではないから安心しなさいと言う。そう言われると彼女はますます不安になってさらに病院めぐりに拍車がかかる。
ところがこの彼女、とうとう本当の癌になってしまったのだ。
すると不思議なことが起こった。
「癌ですよ」
医者の宣告を聞いたとたん、彼女はまるで憑き物がとれたように不安がなくなってしまったのだ。
「今までこんなことで悩んでいたのかと思うと笑ってしまって」
その夜、彼女は数年ぶりに安心して眠れたという。
もちろん本物の癌にかかったことによって、癌ノイローゼは完全に治ってしまった。
そして癌になってから、はじめて生きている実感がもてるようになったのだと言う。
みなさんはこの話をどう思われるだろうか?
唐突だが、心理療法のひとつにアーノルド・ミンデルが始めたドリームボディワークという方法がある。日本ではプロセス指向心理学、あるいはPOPなどと呼ばれていて比較的新しい分野だ。
このドリームボディワークでは、病気をはじめとした身体症状はそのひとの人生においてその時々に必要な役割を果たしていると考える。原因を探って分析したり、症状を排除しようとするのではなく、身体症状もそのひとの内側から湧き上がってくる表現のひとつとして、その大きなうねりのような流れに身を任せる。
それは症状を通して、自分の内側からの声を受け止める作業なのだ。
そして自分の内側に押さえ込んでいた本心に気づいたとき、手遅れになっていなければ症状がすぅーっと消えてゆくことも多い。
さらにドリームボディーワークでは、わたしたちひとりひとりの心と目に見えるこの世界状況は密接に繋がっていると考える。つまり世界をひとりの人間の体だと見立てるなら、そこに住むわたしたちは「世界という存在」の心そのものなのだ。
ひとりの人間がたくさんの側面をもっているように、「世界」もたくさんの感情をもっている。
同時にひとりひとりの人間もまた世界の縮図なのだ。
自分の中にあるのに、これまでずっと気づかずにいた「感情」が存在していることに気づいたとき、その「感情」は居場所を与えられ、認められ、そして癒されてゆく。
感情というのは不思議なもので、気づかれないまま放置されていたときは自分の存在を主張して周囲を巻き込みながら不都合な出方をする。けれど存在を心から許され認められると、当人にとってよりプラスに働くように成長するのだ。
自分の心と向き合いながら自分自身を理解してゆくと、自分を取り巻く世界もまた変わってゆく。
なぜならわたしたちは常に世界と繋がり、わたしたちが思っている以上にずっと大きな影響力を世界に与えているからだ。
もしも世界という体の声を聞くことができたなら、わたしたちがどれほど世界から愛されているか気づくだろう。
もしも自分の体からの声を感じることができたなら、心も体も自然なプロセスを通りながら真実の人生を歩むことができるだろう。
自然は手ごわい。
けれどわたしたちは無力ではない。
なぜならわたしたちは世界の一部であり、自分自身を救うことは世界を救うことになるのだということを知っているからだ。
8月11日 感情と現実
先日、親しい友人からこんなメールが送られてきた。
知人が癌になってしまいました。手術で患部を切除したものの、すでに他の臓器にも転移が進行しております。場所が場所だけに手術は不可能なので抗がん剤投与による治療を始めましたが、免疫が著しく低下したためにいったん抗がん剤治療を停止して自宅療養しています。
ヒーリングをたのめる?
ご存知にように現在わたしは有料での病気治療は絶対に引き受けないことにしている。
理由は簡単だ。
わたしは医者ではないので法律上、病気治療をしては非常にまずいからだ。
そうはいっても、あたりまえだが友人や家族のヒーリングはべつだ。契約うんぬんではなく、お互いの信頼のうえで成り立っているものだから。
この場合もそんな流れで友人から頼まれたのだが、癌の、それもかなり進行した状態だと聞いてわたしは躊躇した。
原因がはっきりしている感染症や公害・放射線障害などを除くと、癌に限らず、肉体の痛みや病気のほとんどは当人の内側からのメッセージであることが多い。不思議なことにイメージワークなどで自分の本当の気持ちに気づいてゆくと、すうっと症状が消えてしまうことがよくあるからだ。
たとえば怒り。
他人に対して激しい怒りを抱いた瞬間、怒りのエネルギーは他人に向かってゆくと同時に自分自身の内側にも向う。怒りのエネルギーには自他の区別はつかないからだ。その結果、他人に向けた怒りによって自分の肉体や人生まで破壊してしまうことが往々にしてある。
「人を呪わば穴二つ」という諺がある。
あれは相手を呪い殺すと同時に、自分も自分から発したエネルギーによって死ぬからだ。だから墓穴がふたつ必要になるという意味なのだ。
もちろん怒りは抑圧しても意味はない。いや、抑圧するとかえって始末が悪いことになる。
ではどうしたらいいのか?
自分の内側に怒りの感情があることに気づいてあげること。その感情の言い分を聴いて、その存在を認めてあげること。じゅうぶんに言い分を聞いたら、こんどは本当にその言い分が正しいのか客観的に眺めてみること。それだけで肉体的な痛みが解消することも多い。
もちろん怒り以外のネガティブな感情も同じだ。
つまり痛みは当人の魂あるいは潜在意識の深い部分から「表面の自分」へのメッセージだとほぼ考えていい。
「今わたしは苦しい。わたしの一部である「人格のあなた」が激しい怒りやねたみなどの感情をコントロールできないでいるため、大切な友人を失おうとしているよ。同時にこの重たいエネルギーのために、わくわくするようなチャンスや暖かい愛情とは波長があわなくなっているよ。わたしの思いに気がついて」
・・・・・と。
ヒーリングは決して魔法ではない。
今回のケースの彼女は自分の感情に気づいてくれるだろうか?
もしも彼女に自分自身を振り返る気持ちがあるなら、わたしにも手助けすることができるかもしれない。だがもしそうではなく、ヒーリングを単なる抗がん剤のかわりだと思っているなら、正直言ってわたしには彼女とかかわる勇気はない。
もしかりに運よく病気が治ったとしても、気持ちの持ち方を変えない限り、また違う形で彼女の魂は表面の人格である彼女にメッセージを伝えようとするだろう。
「とりあえず会って話をしたいな」
「うん、そうだよね。彼女・・・気づいてくれるといいね」
受話器の向こうで友人がうなずいた。
電話を切って、ふとニュースを見た瞬間、わたしは画面に釘付けになった。
昨日、奈良県大塔村宇井の国道168号線で大規模な地滑りが発生した。幅120メートル、高さ120メートルの山肌が道路ごと崩れ落ちる映像はまるで映画を見ているみたいだった。崩落後にぷっつりと寸断された灰色の国道がなんとも象徴的だった。
さいわい死傷者はいなかったからよかったけど、この映像を見ながら思った。
人間の思いは現象化する。
自分自身の肉体でさえ、気持ちひとつで痛みや病気となって表に出てくる。
それなら個人ではなく、多くの人々の怒りや憎しみあるいは傲慢や悲しみなどのネガティブな思いはどこへ向かうのだろう?
よく自然災害は神の怒りの表れなどと言う人がいるが、高次元の神々はけっして怒りはしない。
そこには愛あるのみだ。
もしもそうした災害になんらかの形でエネルギーが関与するとしたら、あるいは人間のもつ思いこそが最大の引き金なのかもしれない。
自分は絶対に正しいという思い込みに支えられた他者への怒りや正義感もまた、自然災害という形をとって現象化しないと果たして言いきれるだろうか?
6月28日 ゾーン(ボイストレーニング日記)
先日ボイストレーニングの合間に担当のももちゃん先生と話していたときのこと。
「いつも、うちの先生(ボイストレーニングのトップの先生のこと)が言うんですけど、誰でも世界のトップアーティストたちのように歌えるらしいんですよ」
ももちゃんが言った。
「そうなんですか??」
「かれらもわたしたちと同じ人間で、わたしたちもかれらと同じように耳と喉をもっているじゃないですか。違いがあるとしたら、かれらがわたし達よりも多くの練習を積んでいるということだけじゃないですか」
「言われてみればそうなんだけど、でも普通に考えたら、かれらは才能をもっていて、わたしたち一般人とは根本的に違うって思ってしまうよね」
「そう思っちゃいますよね〜。でもそうじゃないんだって言うんですよ。練習するかどうかの違いなんですって」
「練習ですか?」
「うん。かれらを特別な人間だと思っていたら絶対に追いつけないんですって。そうじゃなくて、自分とは違う歌い方をする、同等の人間だと思って彼らの歌を真剣に聴くと、特別だと思っていたときはわからなかった歌い方の違いに気づくんだそうです。つまり同じようにアーティストを目指す先輩だと思うといいってことかな」
そうなんだ〜〜〜〜!!
目から鱗とはこのことだ。
今までわたしは無意識に、デビッド・ボウイやスティービー・ワンダーなどの世界のトップレベルのアーティストたちは特別な才能をもった自分とは別次元の人間だと思っていた。
音楽という土俵の中で、かれらも自分と同等の人間だなんて考えたこともなかった。
「ふつうは自分にはできっこないって決めつけてしまっているよね」
「そうだよね。でもそれじゃ、そこで止まってしまうんですよ」
もしかしたら自分で自分に限界を作っていたってこと?
「歌うことを極めるというか、ゾーンを越えた境地で歌っているときは最高だって言うんですよ。たとえばCDが売れて大ヒットするとか、名誉やお金が手に入ったり、そういうのもを越えた喜びだって。そういう時って一拍がとても長く感じたり、自在に音をコントロールできるし、トップアーティストたちはみんなこの感覚を知っているはずだって言うんですよ。それは練習をすることで誰でもそこにゆけるんですって」
物質的な次元を超えた喜び。
その気持ちはよく理解できる。
わたしにとっては、祈っている時がまさにそうだから。
「たとえば中田とか松井のようにいつも自分の限界のぎりぎりのところで勝負していたら、いつかその感覚に近づけると思うんですよ。かれらだって国内でやっていたらそれなりに一流だし楽だと思うけど、成長はそこでストップしちゃうじゃないですか。歌も同じなんですよ」
「ゾーン」にたどり着く方法はひとによって様々なんだな。
わたしは祈りという直接的な方法でそれを感じることができるけど、道はそれだけじゃない。
スポーツや歌・音楽など、どの道を通っても最終的にたどり着く境地は同じなのだろう。
歌うことは楽しい。
技術的にはまだまだだけど、歌う喜びは祈りに似ている。
もしも先生の言うとおり、技術を磨くことで歌の世界でもゾーンに入ることができるなら、わたしにも練習すればできるんだろうか?
トップページのカムロギはボイストレーニングに通う前に収録したものだ。
あれから一年。
声の出し方がかなり変わっているのが自分でもわかる。
一生できっこないと思っていたリップロールもできるようになった。
振り返ると、半年前は不可能と思えたことが今はちゃんとできるようになっている。
・・・・進歩してるじゃない、自分。
ということは、いつかわたしもスティービーみたいに歌えるってことだろうか。
そう、自分に限界さえ設定しなければ、それは可能なのかもしれない。
おおっし! やってやろうじゃないかっ!
歌の世界でもゾーンを目指せ!
というわけで、そのうち使用前、使用後ではないけれど、ボイストレーニングの効果をお見せしましょう♪
6月16,17日 〜沖縄 伊平屋島紀行〜
一日目 クマヤ洞
さてみなさまは伊平屋(いへや)島という島をご存知だろうか。
沖縄県は簡単にいうと、大東諸島、宮古諸島、八重山諸島、そして本島とその周辺の島々の四つのエリアに分かれるが、伊平屋島は沖縄本島からフェリーに乗って1時間20分ほどのところにある沖縄最北端のちいさな島である。地図でみると奄美やヨロン島に近い。
それは数日前の瞑想のときに始まった。
何かが強い力でわたしを呼ぶ。
同時にエメラルドグリーンの海と真っ青な空にそそりたつような大きな岩壁が見えた。その岩をじっと見つめていると、まるで岩の亀裂のようなちいさな入り口が見える。
(・・・・洞窟・・・・・?)
ふいに「伊」という文字が浮かんだ。
――伊・平・屋
「伊平屋島?」
こうして最初のアクセスから数日後、わたしは那覇行きの飛行機の中にいた。
こんな旅の仕方は今に始まったことじゃない。昔からそうだった。
そもそもわたしが沖縄に興味をもつようになったのはここ数年のことだ。
それも最初は夢から始まった。
あれはちょうど6年前、世の中全体が世紀末に向けて奇妙にはしゃいでいる頃だった。
わたしは夢の中で不思議な老人に出会った。
「○月○日までにそこに行け」
そう言われてふと足元を見ると、数枚の紙が落ちていた。拾いあげると、それは地図だった。大きな日本地図が一枚と数枚の拡大地図。沖縄諸島を中心としたその大きな日本地図を眺めていると、ふと沖縄本島らしき島の周辺のいくつかの島が気になった。その中のある地点に地名らしき漢字が書いてある。
(伊・・・・?)
朝起きてから妙に印象的な夢を見たなあと思いながらも日々の忙しさにかまけて、その夢に関してはずっと忘れていたのだ。ところがひょんなことから沖縄にかかわりを持つようになった。次第に深みにはまるように、いくつかのシンクロが重なりながら、とうとう沖縄本島に行くことになった。
その当時はへたながらも小説を書いていたので、そのための取材という名目だった。沖縄行きを決めたとき、夢の中に出てきた地名がすごく気になった。あれほどクリアーに生々しく夢の内容を覚えているのに、場所と地名の部分だけがまるでモヤがかかったように思い出すことができなかったのだ。
今思えば、その当時はまだ伊平屋島に行くタイミングではなかったということなのだろう。
どちらにしても、それを皮切りに年に1,2回は沖縄に行くという日々が始まった。
さて那覇に着いたのは16日(水)の午前中。思った以上に日差しが強い。
じつはこの季節に沖縄入りするのははじめてなのだ。
空港からタクシーでひたすら北に3時間ほど走ったところにある運天港発のフェリーに乗って、伊平屋島に着いたのは夕方の4時半だった。
写真はクリックすると拡大します♪
タラップを降りると、今夜の宿である「ホテルにしえ」さんの若奥さんが迎えにきていた。
いったんホテルに行ってチェックインをすませ、大城レンタルさんでスクーターを借りてさっそくクマヤ洞へと向かう。
ホテルで教えてもらった県道をトコトコとスクーターで北へ向かって走る。
どこまでも続く一本道の両側にはのどかな田んぼが広がり、対向車はほとんどいない。
夕方といっても沖縄は東京とは1時間ぐらい時間がずれているのか、あたりは真昼のように明るい。
スクーターで15分ほど走ると、天にそそりたつような岩が見えてきた。
クマヤ洞だ。
洞窟の前の道路わきにバイクを止めると、ヘルメットを脱いだ。
とたんに頭が軽くなる。
見上げるような大きな岩山の上のほうに洞窟の入り口があるらしくて階段が続いている。
わたしは額に流れる汗をぬぐいながら急勾配の階段をゆっくりと登った。
洞窟の入り口は人ひとり入るのがやっとというぐらい狭く、頭上から水が染み出している。
わたしは雫を避けるように体をそらせて狭い入り口を通り抜け、一歩一歩足もとを確かめるように慎重に急勾配の岩を下りた。
高さ5メートル近くある天井のせいか、中は思ったよりずっと広い。
あたりはとてもまろやかで清浄な空気に満ちている。
薄暗い洞窟内部から入り口を振り返ると、そこだけ光が差していて、とても神秘的な眺めだ。
わたしは平たい岩の上に腰を下ろした。
ここには昔、神々が争ったときにその中の一人の女神が洞窟に閉じこもってしまったという天の岩戸伝説がある。江戸時代の国学者・藤井貞幹が神武天皇の誕生地はここ伊平屋島ではないかという説を唱えて本居宣長と論争したという話は有名だ。
またこの洞窟は2億8000万年前にできた珪(チャート)岩という固い岩が風や波によって削られできたものらしく、地質学的にみてもとても貴重なものらしい。
一時間ぐらい洞窟の中で静かな時間を楽しんでいただろうか。
気がつくと、すでに時計はすっかり6時をまわっている。
わたしはズボンについた砂を払って立ち上がると、来たときと同じ急勾配の岩を登って洞窟の外にでた。
あの不思議な夢を見てから、ロールプレイングゲームのように地図にのっていたポイントをひとつひとつ通過しながらこの場所にたどり着くまでに6年近くの月日が経った。
ようやく全部消化してみると、あまりにも自然な流れに乗ってここまで来たような気がして特別な感慨はない。当たり前の日常をこなしている状態に近い感覚だろうか。
でも自分の中でひとつだけ確かな感覚がある。
それは新しい地図を手に入れたということ。
きっと旅の終わりは次の旅の始まりってことなのだろう。
外はまだ十分に明るい。
せっかくだから、少し先にある灯台とそのすぐ近くの海岸に行ってみることにした。
灯台のすぐそばの草地から海を眺めていると、ふと誰かに呼ばれたような気がして振り向くと、夕方の穏やかな太陽があった。
宿に帰ると夕飯の支度ができていた。
美味しく食事をいただいたあと部屋に戻ってシャワーを浴びて、夕涼みがてら宿のすぐ目の前にある海岸におりてみた。
真っ暗な海にところどころ明かりが浮かんでいる。漁火というやつかな?
空を見上げると、そこには降るような星空!
(わ・・・・・あ・・・・・!)
与那国も宮古も同じように星空は美しかったけど、ここは明かりが少なくて夜が暗いせいだろう。こんなにいっぱいの星ははじめて見た。
流れ星(?)だか、人工衛星だか、奇妙にジグザグ飛んでいるちいさな光がいくつもある。
たっぷりと星空を堪能して蚊に刺されまくって部屋に戻ると、その日は疲れてそのまま寝てしまった。
二日目 ダイビング
翌日は朝からダイビングだ。
食事をすませて水着で待っていると、さっそくダイビングサービス「海ほたる」の稲垣さんがお迎えに来た。
与那国以来の久しぶりのダイビングということもあって、ちょっぴり緊張(笑)。
「だいじょうぶよ。今日はひとりだからマンツーマンだし、ゆっくりペースでやればいいから」
という稲垣さんの力強いお言葉にほっとひと安心。
今日の午後1時のフェリーで帰らなくちゃいけないということもあって、午前中の1ダイブのみだ。
ボートに乗って、今日のダイビングポイントのイラブ岩に直行。
「バックロールはできる?」
ボートダイビングの場合はジャイアントストライドとバックロールという二つのエントリー(海に入る)方法がある。
前者はラダーステップのある比較的大きめのボートからエントリーする場合によく使われる方法で、海に大きく一歩踏み出すようにしてドボンと飛び込むやり方。
後者は名前のとおりボートのへりに座って、背中からドボンと海に落ちるような感じでエントリーする。
じつはわたしはジャイアントストライドしかやったことがないのだが、あいにく今回のボートにはラダーステップがついていないのでバックロールか、もしくはタラップを下ろして水中で機材を装着する方法のどちらかだ。
でも正直言って、ベテランダイバーたちがバックロールでエントリーするのはかっこいい。
「バックロールって難しいですか?」
「そんなことないよ」
「じゃ、やってみます。教えてください」
というわけで、ミーハーなわたしはバックロール初挑戦。
ボートのへりに座ると、さすがにドキドキしてきた。背中から海に入るって、けっこう勇気がいるんだなあ。
「右手でマスクとレギをしっかりと押さえて、ゲージ類は太ももの間にはさんで」
ふむふむ。
「腰をずらして、そのまま」
稲垣さんがエントリー。
(ひぇ〜〜〜〜)
と思いつつ覚悟を決めて、わたしもすぐ後に続く。
背中から水中に落下。そのまま水中で体がぐるんと一回転して海面に頭がでた。
さっそくBCの空気を抜いて潜行開始。
イラブ岩は巨大ピラミッドのような根で、海面にちょこっと岩の先端が顔を出している。
ゆっくりと潜行しながら根のまわりを見てまわる。
カスミチョウチョウウオやキンメモドキの群れが泳いでいる。藤色の体が美しいシンデレラウミウシが岩にへばりついているのが見えた。
頭上を見上げるとアカカマスの群れがいる。
台風6号が接近しているものの、まだうねりはなく海中は快適そのもの。
水深は25メートル弱。
根の周りを泳いでいると、どうしても体が沈む。中性浮力をとろうにもだめ。
とうとう根の窪みまで沈んでしまった。ここで水深26メートル強。
う〜〜む。
どうやらウエイトが重過ぎるらしい。
いったん呼吸を整えてから仕方なくBCに空気を入れる。
なんとか中性浮力をとれる状態になったけど、稲垣さんに言われたとおりウエイトの調節は今後の課題だなあ。
そろそろ時間なので浮上開始。
海面にでると、ボートがいない。
稲垣さんが笛を吹いてキャプテンに居場所を知らせている。
5分ぐらい海面を漂っていただろうか。
海に頭だけ出している人間の姿って、ボートからは発見しにくいのかな。
真っ青な海にぽつんと浮いていると、パニックにこそならないがなんとなく心細い。
稲垣さんはと見ると何事もないように冷静そのもの。
実際、どうということはないのかもしれない。
ふと上を見上げると青い空に白い雲がぽっかりと浮かんでいる。聞こえてくるのは波の音だけ。
不思議なぐらい静かだ。
わたしも彼女のようになりたいなあ・・・と、ちょっと思った。
ようやくボートがわたしたちを発見したらしく、白い船体がゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えたときは心底ほっとした。
こうして無事一泊二日の伊平屋島旅行が終わった。
おりしも大型で勢力の強い台風6号が近づいており、この日の夕方5時半には避難便がでるとのこと。あと一日ずれていたら台風が通過するまで島から出られなくなっていたかもしれない。
そう思うとすべてのタイミングに感謝です。
最後になりましたが、今回の旅でお世話になったホテルにしえの笑顔が素敵なにしえさんご夫妻、美味しいご飯を作ってくれたおばちゃまたち、親身になってレクチャーしてくれた海ほたるの稲垣さん、船長さん、わざわざ港までバイクをとりに来てくれた大城さん、名護バスターミナルまで送ってくれた久高さん、そして気さくに声をかけてくれた伊平屋島の人たち。
心から感謝します。
ありがとうございました!
☆今回お世話になったホテル及びショップです♪
ホテル にしえ
ダイビングショップ 海ほたる